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「ほらっガードが下がってるよ美奈」
 美奈と加代がスパーリングをする中、未希はリングの下から声を出す。美奈のガードが上がるのを確認すると、貴子の方に目を向けた。
 貴子はサンドバッグを叩いている。力みがなくて綺麗なフォームでパンチを打っている。流石は先月の冬のインターハイで全国大会に出ただけある。ここのところ著しく成長している。
 壁に張られている鏡の方に目を向けると、一年生の娘が二人ともシャドーボクシングをしていた。肩から突っ込んでパンチを打っているけど今は自由にやらせておこう。
 部室にいるのはこの六人。そう、六人に増えているのだ。小泉との試合を終えてから四ヶ月。女子ボクシング部は、冬のインターハイで二人が全国大会に出場する目覚ましい活躍をおさめた効果で新たに二人の部員が増えたのだ。
 小泉の方はどうなったかというと、時宗からの情報だと、その後父親のジムでボクシングを再開したらしい。秋子さんが言うには、元々父親っ子で一緒にいる時間を増やしたくてボクシングを始めた。でも小泉の才能を見た父親が指導に力を入れすぎてしまっために嫌になって辞めたんだとか。今度は父親と上手くいくといいねとか、そんな殊勝なことは思わない。小泉には負けてられないなとついライバル心を駆り立てられる。
 ボクシング部休止の問題もなくなったし、部活動に活気も増したし、一層気合いを入れて練習しなきゃといきたいところだけど、どうも気持ちが乗らずにいる。
 未希はまたリングの上のスパーリングに目を向けた。
 冬のインターハイで未希は全国大会二位の成績を残した。これまで公式戦で一勝もしてなかったのだから上出来すぎる結果だった。来年こそは優勝をと誓いをたてたいところだけど、十七歳になってプロボクサーになれる年齢になった。
 誰よりも強くなりたい。そう願っていた中でプロのリングに上がりたいという思いが芽生え始めていた。でも、みんなと練習する毎日も好きだし、女子ボクシング部は自分が創ったんだから途中で辞めるのは無責任だという思いもある。
 ゴングの鳴る音がした。スパーリングが終わって美奈と加代がリングを降りた。
「良かったよ二人とも」
 と声をかけると、美奈と加代は「ありがとうっ」と言って笑顔を向けた。
「みんなの練習見るのもいいけど、未希は練習どうしたの?」
 貴子がそう話かけてきて隣に立った。
「なんだか気持ちがね、そういう風になっちゃってて」
 未希は首を左に傾ける。
「まぁた何か思い悩んでるんでしょ」
「たいしたことじゃないよ」
「ならいいんだけど」
 席を外そうとして、また貴子に「ねえ」と呼び止められた。
「小泉なんだけどさ」
 未希は顔を素早く貴子に向けた。
「来月、プロのリングに上がるみたい」
「そうなんだ・・・」
 未希は目を大きく見開いた。顔が硬直していく。つい下を向いてしまった。平静を装おうと再び上げた。
「あの小泉がね」
 小泉がプロのリングに上がる。その事実を頭が認識していくほどに、小泉に先をいかれたみたいでなんだかすごく悔しい気持ちになった。小泉がボクシングから離れてた一年半、あたしはボクシングに向き合い続けてただけに。
 誰よりも強くなりたい。そう思ってボクシングをしていることがなんだか虚しく感じてくる。
 胸が急に苦しくなってきた。
 ダメだこれ以上ここにいると、表情に出ちゃう。
 未希は部室を出ようと出口に向かった。
「未希っどこに行くの?」
「外に走りに行こうと思って」
「ねぇ・・・本当は無理してるんじゃない?」
「何が?」
 未希は出来るだけ口元を緩ませて聞き返した。
「プロのリングで試合したいんでしょ」
「そんなことないよ」
「隠さなくたっていいんだよ」
「そんなことないっ」
 未希は声を荒げる。
「インターハイで2位になってからずっと考えてたんでしょ。未希が立ち止まれない性分なのは分かってるから」
 感情を乱して強く言ってしまったのに、それでも貴子の言葉は優しくて、未希は思わず目を下に逸らした。
「でも、あたしはみんなと練習するのが好きだから・・・」
「未希」
 美奈に名前を呼ばれて未希は彼女の方を振り向いた。
「あたしだって未希との部活は楽しい。でも、あたしはプロボクサーの未希を見たい。未希にはいつも前を進んでいてもらいたいから」
 美奈の言葉が心に染み入ってくる。
「そうだよ。未希は未希の道を進んで。未希がプロボクサーになるのはわたしらの励みにもなるんだから」
 加代も・・・。
「美奈っ、加代・・・」
 自分の道を進みたがっているあたしをみんなが応援してくれている。その心遣いが嬉しくて、でもあたしはそんなみんなとまだ練習をしたいとも思っている。
「でも、あたしは・・・」
 何か言おうとして言葉に詰まっていると、貴子が右手を握った。それから胸へとその手を当てられる。
 手から心臓の鼓動がとくんとくん躍動するように動いている。
「もっと自分の思いに正直になりなよ。ほらっ未希の心はこんなに高鳴ってるじゃない」
「あたしは・・・」
 胸に手を当てたままそう呟いて、自分の気持ちを知ろうとした。
 顔を上げると、貴子が優しい顔を向けてくれていた。手を握ってくれている貴子の手から温かな体温が伝わってくる。その温もりは未希の硬い心を解きほぐしてくれた。
 あたしは誰よりも強くなりたい。自分の思いが自然と聞こえてきた。貴子の手を両手で握りしめた。
「みんなのおかげで吹っ切ることが出来た」
 未希は笑顔をみせる。
「あたしはプロのリングに上がるよ」
 そう告げて、女子ボクシング部員みんなと拳を一人一人打ち合わせた。

おわり
小説・ライバルは同級生 | コメント(0)
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