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 場内はみちると由香理に対する歓声で溢れていた。名前を呼ぶ声が途切れることなく聞こえるけれど、その数は半々くらいかもしれない。二世ボクサーでメディアで取り上げられることはみちるの方が多いけれど、ビジュアルという点では由香理は女子ボクサーの中で相当綺麗な方だ。男からの声援では由香理の方が多かった。
 試合開始前、リング中央で由香理とにらみ合いながらみちるはあの時のことを思い出す。人前で初めて由香理と試合をした時のことを。お互いにプロでもないしアマチュアでの実績すらもないのに、みちるの学校の中で試合をしたために大勢の生徒の前でたくさんの声援を受けながら闘った。クラスメートのみんなに見られて恥ずかしかったけれど、その恥ずかしさは試合をしているうちに気持ち良さに少しずつ変わっていった。多くの人の前で闘うことってすごく心地よいんだ。肌で感じ取って、プロボクサーになりたいという思いが一段と強まった。由香理との試合がプロボクサーになる始まりだったかもしれない。そして、今度は由香理と日本タイトルマッチという大きな舞台で闘うことになった。大事な場面で必ず彼女が自分の前に立ちはだかる。大きな声援を受けながら由香理とにらみ合っていると、彼女はやっぱりあたしのライバルなんだとみちるは実感していた。
「今回の試合もあたしが勝たせてもらうからね」
 みちるは高揚した気持ちを抑えきれずに言った。由香理は顎を下げて目を瞑る。
「相変わらず品がないのね。せっかくの神聖な舞台が安っぽくなるわ」
 目を瞑ったままで話すその仕草にカチンときて、
「何言ってるのよ。勝つか負けるかがボクシングでしょ!」
 とみちるは怒りを込めて言った。
「喋れば喋るほどタイトルマッチの品位が落ちていくと私は言いたいのよ」
 由香理は首を横に振り、やだやだとでも言わんばかりの態度をみせる。
「品位とかボクシングに関係ないでしょ。こんなところでもお嬢様ぶらないでよ!」
 みちるがさらに大きな声を出すと、由香理は目を開けたもののまたすぐに閉じて口を閉じたままでいる。
「言い返せないってことは図星ってことだよね」
「そうじゃないわ。あなたにがっかりしただけよ」
 なによえらそうに!
 そう喉から言葉が出かかったところで、
「二人ともいいかげんにしなさい」
 とレフェリーから注意を受けた。みちるは出かかった言葉を飲み込み、むかむかしたまま赤コーナーへと戻っていく。
「取り乱しちゃ駄目だろ」
 コーナーに戻ると、パパが珍しく厳しい口調で言った。
「うん、わかってる」
 とみちるは言ったものの、けど、と心の中で付け足した。
 由香理には気持ちでも負けたくなかったから。
 「なぁ、みちる」
 高野からも声をかけてられて、小言を言われるのかなと思いながら顔を向けた。高野の視線はみちるには向けられていなかった。その視線の先は青コーナーに立つ由香理――――。
 みちるの心の中がざわつく。
 何で由香理を…。
「由香理はだいぶ減量で弱ってそうだな」
「え…」
 高野の言葉でみちるも慌てて由香理の方を見た。遠くからではっきりとは見えない。でも、高野の言う通り、昨日の計量の時に由香理の頬が少しほっそりととしていたことはみちるも気になってはいた。さっき間近で見た時は顔の表情は普通の状態になっていたけれど、それは一日経って十分な食事を取ったあとだから気付きづらくなっている。
 よく見てるんだ高野は。一瞬、気持ちを乱した自分に恥ずかしさを覚え、高野のことが頼もしくみえた。よかった高野がセコンドにいてくれて。
「作戦だけどさ、前半は様子見て後半勝負にしないか。今の由香理なら後半のラウンドまで体力持たない可能性が高いぞ」
 高野の作戦の方が勝つ確率は高まるかもしれない。でも――――。
「ありがとう高野」
 とみちるは言った。
「でも、由香理の調子が悪くてもあたしはいつもと変わらない闘い方をするよ。自分の力を信じてたいから」
 自分のボクシングを日本タイトルマッチという大舞台でもしたかった。自分が築きあげてきたものだから。
「そうか…分かった、急に言っても無理があるよな」
 高野の声は柔らかくて、気にしているようにはみえなかった。
 パパからマウスピースを口にはめてもらい、みちるは一度胸元で両拳をばすっと合わした。
 闘志をみなぎらせながら、ゴングが鳴るのを待った。
 ゴングの音が鳴り響き試合が開始された。みちると由香理がコーナーから出る。
 由香理は右足を前に出し、右拳を上下にリズムを取りながら揺らす。がんがん攻めていきたいところだけれど、そうはいかない。由香理のボクシングはサウスポースタイル。右利きと違い左利きのボクサーと闘うことなんてほとんどないから距離感が難しい。そのために由香理と初めて拳を交えた時はいいように一方的に打たれて終わってしまった。二度目に学校内で試合をした時もやっぱり不慣れだったから苦戦させられた。最後は逆転勝ち出来たけど、試合を支配していたのは由香理の方だった。
 サウスポーに慣れなきゃ由香理には勝てない。由香理との二度の試合の体験を活かして、今回は高野にサウスポースタイルでスパーリングをしてもらった。高野は右利きだし、スパーと実戦はまた別物だけど、それでも準備は十分に出来たと思う。
 みちるは両腕を高く上げながら少しずつ距離を縮め、相手の出方を伺った。一方の由香理もフットワークを使ってみちるの周りを動くもののまだパンチは一発も出していない。様子見が続く。口火を切ったのは、由香理の方だった。右のジャブを放つ。そのジャブはみちるの顔面を捉えた。さらにもう一発右のジャブがみちるの顔面に当たり、乾いた音が響いた。静かだった場内から歓声が沸いた。
 由香理が一気に攻撃に出た。右のジャブの連打。軽やかに足を使いながらリズムよくジャブを放ちその外見同様に美しいボクシングで攻めていく由香理に対してみちるはガードを固めて凌ぐ。試合は早くも由香理が主導権を握ろうとしている。そう思われた矢先だった――――。
 ドボオォォッ!!
 肉が押し潰される嫌な音がリングに響き渡った。くの字に折れ曲がる上半身。反り返る唇からはみ出る白いマウスピース。表情は固まり、目は天井を向いていた。
 美しい姿は一瞬にして崩れ去っていた。みちるの左のボディブローに由香理は早くも悶絶した表情を晒す。
 みちるがお腹にめり込ませた左の拳をそっと抜くと、由香理は腰から崩れ落ちていく。そして、そのままキャンバスに尻もちをついた。
「ダウン!!氷室、第1R早々にダウンです!!」
 アナウンサーが興奮して実況し、観客席から大きな歓声が沸き起こる。
 尻もちをついて固まった表情でキャンバスに目を向ける由香理をみちるは勝ち誇った表情で見下ろしていた。
 これが今のあたしの力だよ由香理――――。
小説・ときめき10カウント~あの時の約束 | コメント(2)

拍手コメントの返信

2017/06/27 Tue 00:25

こんばんわ~へいぞです。

拍手、コメントありがとうございます(^^)↓はコメントへの返信です。

>名無しさん
ありがとうございます(^^)言われてみると、ストイックなお嬢様というギャップも良いですよね。ライバルキャラも成長させたかったので、由香理はだいぶ大人びた感じにさせました。琢磨の呼び方は悩みましたけど、今の由香理は呼び捨ての方がしっくりきたので、呼び捨てでいってます(^^)
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 練習を終えてバンテージをほどいていると、高野が駆け寄ってきた。
「みちる、もう練習終わりか?」
「うん、そうだよ」
「なぁ、もう少し練習をした方が良いんじゃねぇか」
 みちるはむっとして、腕を組んだ。顔を背けて、
「いつもと同じ練習してるじゃない。あたし、別に練習怠ってないよ」
「そうだけどさ、今回はタイトルマッチだろ。いつもより練習した方が良いんじゃねぇかって」
「高野の言いたいことも分かるけど、あたしはこのトレーニングで勝ってきてるわけだし、それにオーバーワークになっちゃって体調崩すのも嫌だし、大丈夫だよ。タイトルマッチだからっていつもの自分を変える必要はないってあたしは思う」
 みちるは腕を組んだまま、ちらっと高野の顔を見た。真面目な顔をしていて、ただ単に小言を言いたいわけじゃないことは伝わってくる。でも、みちるも自分のやり方には手応えを感じていて、譲る気にはなれなかった。
「みちる~、ボクシング雑誌の人が取材に来てるぞ~」
 会長である父が遠くから声をかけてきて、みちるは返事をした。
「あっパパ今行くから~」
「ごめん、そういうことだから高野、心配してくれてありがとう」
みちるはそう言って雑誌編集者の元へ向かった。
「おい、まだっ」
 と高野は声を大きめにして言ったものの、みちるが振り返ることはなかった。

 空はすっかり暗くなってしまったというのに、高野は外の道を走っていた。ロードワークでもしないと、胸の中に溜まっているもやもやが取れそうになかった。
 日本王座決定戦だっていうのにみちるから必ずチャンピオンになってみせるという気概が感じられない。みちるはいつも通りの練習をしていたら勝てるというけれど、タイトルマッチでそれだけじゃ駄目なんだと高野は思っていた。実力以上に問われるのがチャンピオンになりたいという思い。それは大一番だからこそ、その人の試合への思いがいつも以上に力を後押ししてくれる。現に高野は日本王座に挑戦した試合で、互角に打ち合い続け最後は絶対に勝つんだという思いでなんとか打ち勝つことが出来た。その思いは練習じゃないと築かれない。練習で苦しい思いをした分、試合で苦しい時でも頑張れる。タイトルマッチで相手が互角の力を持っていたらあとは気持ちなのだ。大きな試合ほど気持ちが大切になっていく。
でも、今のみちるには言っても無駄かもしれない。出来すぎと言っていいほどの結果を残してきているし、それにメディアがみちるを取り上げすぎている。女子高生のうちにプロデビューして、しかも元日本チャンピオンのボクサーの娘なのだ。メディアがほっとくわけがなくて、二世ボクサーとしてテレビで紹介されることがたびたびあった。そして、今回は日本王座決定戦ということで、ドキュメンタリー番組でこの試合が取り上げられることになっている。もちろん、みちるが主役の視点でだ。
 いくら走っても胸のもやもやが取れずにいると、前からサウナスーツを着た女性がこちらに走ってきていた。夏だっていうのにフードで頭が覆われて、長袖で両腕両足も肌が隠れている。もしかしたら、この人も減量中のボクサーなのかもしれないなと思いながら横ぎると、崩れ落ちる音が聞えた。
 振り返ると、サウナスーツの女性が横に倒れていた。高野は慌てて駆け寄り、背中を支えて上体を起こして声をかける。
 フードを外すと意外な顔を目にして、高野は目を大きく見開いた。
 倒れていたのは由香理だった。
「由香理じゃないか」
 由香理が虚ろな目をこちらに向け、彼女も意外な顔をした。
「琢磨…」
 由香理は小さな声で言って、顔を反らした。
「恥ずかしいところを見せたわね」
「何言ってるんだよ。それより、身体どこかおかしいんじゃないのか」
 高野はそう言ってから、由香理が体調を崩している理由に気付けた。痩せ細った頬、かさかさになった肌。由香理は相当無理な減量をしている。
「由香理、お前無茶な減量をしてるだろ」
「琢磨が私の心配をしてくれるなんてね」
 由香理が辛そうな顔に笑みを浮かべる。
「心配するに決まってるだろ。お前何キロの減量してんだよ」
「いくら琢磨でも言えないわ。大切な情報ですもの」
「そりゃそうだけど」
 高野は由香理の全身を見つめた。元々身長はある方だったけれど、プロになったこの三年間でさらに身長が伸びているようにみえた。少なくとも3センチ以上伸びている。167センチ以上あるかもしれない。だとしたら、バンタム級くらいが適正な階級で二階級下の階級で闘っていることになる。
「なんでフライ級で闘ってるんだよ。お前の身体だったらバンタム級だろ」
 由香理は目を瞑り黙っていた。それから、ふふっと顔に笑みを浮かべた。
「負けたままではいられないわ」
「みちるのことか」
「えぇっ…あんな悔しい思いをしたのは生まれて初めてだったわ。みちるに負けたままじゃ気持ちの整理がつかない。私は前に進めないの」
「それで、お前プロボクサーになったのか…」
 由香理は首を横に振る。
「それはまた別よ。みちるがプロボクサーになったと聞いて、初めはどうしようか迷ったわ。でも、みちるに勝ちたくて練習をしているうちに気付いたの。私もボクシングがとても好きになっていたことに」
 と由香理は言ってうっすらと口元を緩ませる。
「だから、みちるに勝つこと以上にボクシングのチャンピオンになることが私の大きな目標。でも、私の身体がフライ級でいられるのは今だけ。来年にはもう階級を上げざるを得ないわ。だからどうしてもこの試合だけは絶対に勝ちたいのよ」
「そうだったのか…」
 あとに続く言葉が見つからなかった。ボクシングジムの娘であの我儘お嬢様だった由香理がみちるとの試合にそこまでの思いを抱いていたなんて思ってもいなかった。
「私、おかしなことを言っているかしら?」
「いや、そうじゃなくて――――」
 琢磨は申し訳ない気持ちで頬を搔いた。由香理のことをずっと誤解していて自分が恥ずかしい。
「自惚れたことを言うけど、由香理は俺に振り向いてもらいたいからボクシングをしているんだと思ってた。まさか、そこまでボクシングに真摯に向き合っているとは思ってなかったから」
「そうね、恥ずかしいけれど、初めは琢磨の言う通りだったわ」
 由香理はふぅっと息を漏らす。
「今はボクシングで結果を残したい気持でいっぱいだから、琢磨のことを考えてる余裕なんてないわ。でも、いつかボクシングで結果を残せた時にはまた琢磨に気持ちを向けることになるかもしれないわね」
 なんだか、告白されたみたいな気持ちになって、琢磨は顔が熱くなるのを感じた。
「そうか…俺なんてそこまでして思う価値なんてねぇと思うけど…」
「琢磨がボクシングに向き合っている琢磨であるかぎり、私の気持ちは変わらないわ」
「そっか…でも俺は竹嶋会長を尊敬しているから、由香理のジムに戻ることはないと思う」
「それはもういいのよ。昔の話よ」
「悪い。俺の我儘でジムを出て」
「だからいいのよ。くだらない話をしちゃったわね」
 由香理が琢磨の胸を右手で押して、立ち上がった。
「大丈夫なのか」
「えぇ…もう大丈夫。あとは歩いていくから。それじゃあ琢磨」
 由香理が左腕を上げて、背を向けて行ってしまった。琢磨はまだ由香理の身体が心配で彼女の背中を見続けた。
 由香理があんなに真剣にボクシングに向き合っているなんて思いもしなかった。そして、結果を出すまで恋心を抑えようとしている。自分と似た思いでボクシングしていることに気付いて、琢磨は複雑な思いになった。由香理とのタイトルマッチでみちるが勝ったら、俺はみちるに告白の返事をすると約束をした。でも、俺はその時、みちるに想いを告げる気持ちでいられるだろうか。六年間変わらずにいたみちるへの想いが分からなくなってきていることに高野は気付いた。
 
小説・ときめき10カウント~あの時の約束 | コメント(2)

拍手コメントへの返信

2017/06/22 Thu 20:53

こんばんわ~へいぞです。
来週から「ハンター×ハンター」の連載が再開されるみたいですね。「キン肉マン」の新シリーズも来週からだったような気がするので、月曜日はいろいろと楽しみな作品が多い日になりそうです。ちなみに最近一番楽しく読んでいる作品はジャンプの「ドクターストーン」です。

拍手とコメントありがとうございます(^^)↓はコメントへの返信です。

>名無しさん
ありがとうございます(^^)元の設定がスポ根と少女漫画の両方の王道をいっていてとても好きなので、その設定を活かせればと思います(^^)
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拍手コメントへの返信

2017/06/19 Mon 22:20

こんばんわ~へいぞです。

拍手、コメントありがとうございます(^^)↓はコメントへの返信です。

>hayaseさん
ありがとうございます(^^)二次創作の小説をアップするのはこれが初めてになります。「ときめき10カウント」はその後の話を考えることをよくしていて今回小説で書きたいと思う話がぱっと浮かんできたので、書き始めました(^^)
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拍手コメントの返信

2017/06/17 Sat 22:11

こんばんわ~へいぞです。
拍手とコメントありがとうございます(^^)↓はコメントへの返信になります。

>非公開コメントの方
ありがとうございます(^^)ご要望は必ず反映出来るわけではないですけど、今後の展開の参考にさせていただきますね。最後まで描けたらの話になりますけど、最後は読後感が悪くならないようにしたいとは思っています。
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今日の更新

2017/06/16 Fri 22:03

こんばんわ~へいぞです。

女子ボクシングを題材にした少女漫画の「ときめき10カウント」を基にした二次創作小説を書いてみました。この漫画を読んだのは15年以上前になりますけど、今こうしてこの作品の物語を書いてみたいと思ったわけで、お気に入りの作品なんだなぁと改めて思いました。今回、小説を書くにあたって久しぶりに漫画を読みましたけど、少女漫画の王道ともいうべき展開をいっていて爽やかでもあるので今見ても当時と変わらずに楽しめました。ダウンロード版が今も販売されているので、もしまだ読んだことなくて少女漫画も好きな人にはおすすめな作品です(^^)自分が書く小説の方は、漫画の話のその後になります。


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※この小説は漫画「ときめき10カウント」の二次創作作品になります。過度に暴力的な表現が含まれますので閲覧の際はご注意ください。


 高野~あたし、あなたのことが好き~

 リング上からの告白。由香理との試合に勝って興奮してたからって、なんであんな大胆なことしちゃったんだろう。試合を終えて校舎に入り、賑やかな場所から静かな場所に移って気持ちも冷静になっていっていた。十分前の自分に馬鹿ヤロ~って叫んでやりたくなる。
 控え室になっている教室まで高野の後をついて行っているけれど、恥ずかしくてその背中を見られなかった。目が地面へと向いてしまう。
 控え室の教室に入っても高野の方を見られなくて、みちるは背中を向けるようにして立ち止まった。頬が熱くなっていて顔が赤くなっているのが鏡を見なくても分かる。あぁ…どうしちゃったんだろうあたし…。バカだ、ホントにバカだよ、リングの上でみんながいる前で告白するなんて。
「みちる」
 高野に名前を呼ばれて、みちるは「はいっ」と言って振り返った。他人行儀な返事をしちゃった。高野を意識しているって気付かれたらどうしよう。みちるの顔はますます赤くなって、すぐにまた視線を斜め下に反らした。
「さっきの告白だけどさ」
 告白の件は意識しないようにしたいのに、高野の方から振ってきた。そういえば、返事をもらってないんだった。どうしよう断られちゃったら。それって十分あると思う。高野だってボクシングをしているけれどあたしみたいながさつな女よりもおしとやかな娘の方が可愛いと思うだろうし。
 いろんな思いが駆け巡りさらに動揺をしていると、
「返事なんだけどさ」
 と高野が言い、みちるは勇気を振り絞って前を見た。どんな返事でもちゃんと受け止めなきゃ。高野の顔を見ると、頬が少し赤くなっていて、高野も冷静でいられないんだってことが分かって、みちるも少し安心した。
「みちるに好きって言ってもらえて嬉しかった」
 その言葉を聞いて、みちるも嬉しくなった。そして、その先の言葉が待ち遠しかった。
「でも、俺たちまだ出会って一か月も経ってないし、それに俺はボクシングに集中して向き合いたい気持ちがすごくあるんだ」
「えっ…」
「だから、俺がボクシングで結果を残すまで、日本チャンピオンになるまで返事は待ってくれないか」
 受け入れられたわけでも断られたわけでもない。返事の先送り。高野の言い分はとても分かるけど、最高の結果を待ち望んでいただけに、やっぱりショックだった。
「うん、分かった。そうだよね、あたしたちまだ出会ったばかりだし、高野にはチャンピオンになるっていう夢があるんだもんね。待ってるよあたし、高野がチャンピオンになるまで」
 みちるは自分に言い聞かせるように言った。
「悪い、みちる」
「そんなことないよ。謝るなんて高野らしくないったら」
 相手をフォローできるくらいまでには落胆した心も取り戻せるようになっていた。みちるはいつものように憎まれ口を叩き、少しでも高野の心をほぐしてあげたかった。
「ありがとうみちる」
 高野に感謝されて、みちるはまたしても胸がときめいた。
 待つんだ、高野がチャンピオンになるまで。
 高鳴る胸を押さえようとしながら、みちるは心の中で自分に向けて言った。
「グローブ外そうか」
 高野が言って、みちるは「うん」と首を縦に頷いた。二人とも椅子に座り、高野がみちるのボクシンググローブの紐を外そうとしていると、
「ねぇ、高野」
 とみちるが言った。その後がなかなか喉から出なかった。
「どうした?」
 と高野が聞いていて、みちるは勢いに任せて言った。
「あたしもボクシングのチャンピオンを目指すしてるって前に言ったよね。だから、告白の返事はあたしも日本チャンピオンになるまで待ってくれる」
 告白の返事の条件を自分で上げてしまった。馬鹿だと思うけど、でも高野に先をいかれて高野だけ輝いてるのってイヤだったからどうしても高野の前で宣言したかった。
「あぁ、二人でチャンピオンを目指そうな」
 高野もようやく柔らかな表情になってくれた。
「うん、お互いチャンピオンになろうね」
 みちるは両拳でガッツポーズを作った。
「おいっまだグローブ外し終えてねぇって」
 高野が笑いながら言って、みちるは片目を瞑り舌を出した。
 高野からボクシンググローブを外してもらい、みちるは
「ねぇ、高野」
と言って、小指を曲げて差し出した。高野も「あぁ」と言い小指を差し出して、二人の小指が絡まった。
「二人の約束だな」
「うん、約束だよ」

「いよいよ初の日本タイトル挑戦になりますけど、意気込みを聞かせてもらえますか」
 取材に来たテレビ局のリポーターの男性がみちるにマイクを向ける。
「日本タイトルマッチだからっていつもと同じです。今回もKOで勝ってみせます」
 みちるは右拳を顔の位置まで上げてガッツポーズを作った。
「おぉっ、流石、竹嶋選手ですね。実はこの前に氷室選手の取材にも行ってきたんですけど、同じ質問をしたら勝ちますとしか言ってくれなくて。やっぱり、KO宣言が出ないと盛り上がらないですからねぇ」
 あの自信家の由香理が勝ちますだけ?みちるは少し拍子抜けした気持ちになった。日本王座決定戦だから立場は同じだけれど、戦績は自分が9戦9勝7KOで、由香里が8戦8勝4KO。ランキングも自分は一位で由香理が二位だから、戦績もランキングも自分の方が上だし、プロになる前にした決闘ともいうべき試合でも自分が勝っているのだから、さしもの由香理でも自信が持てないのかもしれない。みちるは試合に勝てそうな気持ちをさらに持って、リポーターの質問に答えた。
 テレビ局の取材が終わって、みちるはストレッチをしている高野に「ごめん、待った~」と声をかけた。
「いやっ、そんなことねぇけど」
 相変わらず高野はぶっきらぼうに答えるけど、気にしている風にはまったく見えなかった。
「じゃあ始めよっか」
「あぁ」
 みちると高野は向き合って、パンチを打ちあう。バンテージを巻いているだけの素手だからパンチは寸止めだ。身体に当たる直前で止めるマススパーでみちるはまず実戦の勘を磨いていく。スパーリングをするのはその後だ。スパーリングの相手をするのは、主に高野だけだから男子と同じ数のスパーリングをしていたらみちるの身体がもたない。そのためにマススパーの割合を増やして、実戦の勘を養っていた。
 プロボクサーになって三年。連戦連勝で無敗のまま日本王座に挑戦出来るところまで昇ることが出来た。高野とも毎日ジムで顔を合わせて、一緒に汗を流している。みちるは順調な日々を過ごせていると実感していた。でも、次の試合で負けたらすべて台無しになる。チャンピオンになるためにボクシングをしてきたのだし、それに相手は由香理だ。一度勝っているとはいえどうしてもライバル視してしまう。由香理がいたから、彼女に一度スパーリングで鼻をくじかれて同じ女の子で同じ歳でも自分よりも強い娘がいるんだってことを思わされたから、だからもっと強くなることが出来た。それに由香理も高野に思いを寄せていた。この三年間は高野に会いに来たところを目にしたことがないからもう諦めているのかもしれないけれど、由香理にだけは絶対に負けられないという思いがあった。
 それに日本チャンピオンになったらあの時の約束がついに果たされるんだ。高野は半年前に日本チャンピオンになった。あとはあたしが日本チャンピオンになればあの時の返事をもらえる。
 由香理とのタイトルマッチ、絶対に勝たなきゃ。
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