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 天真爛漫な女。時代錯誤な表現かもしれないけど、綾乃はその形容がよく似合う少女だ。明るくて元気で勝ち気な性格で運動も得意。小学生の時は周りの娘を守るためにクラスの悪がきと突き飛ばしあいの喧嘩だってしてた。だからってとタクミは思う。
 隣に立つ綾乃の顔を見た。
 きれいな弧を描く二重の瞼に純真な輝きを放つ瞳、うっすらと口紅をつけたかのような透明感のあるさくらんぼ色の唇。清涼感と仄かな色香を漂わせるその顔はショートカットの髪形とよく合っていてクラスの中でも一際目を引くルックスをしている。
 綾乃は少女から大人の女性の顔に変わりつつある。でも頭の中だけは子供のままでちっとも変わらない。
「ねぇ、聞こえてるの」
 綾乃がこちらを見るけれど、目を合わせるつもりはなかった。
「あぁ・・・聞こえてる」
 タクミは仏頂面のまま返事をする。綾乃と学校を出てからの間、ずっとそう接している。
「なんかぼうっとしてるよね」
 綾乃はタクミのつれない態度を気にはせずに不思議そうに見つめ続ける。それから、唇に右手の指をつけて、意地悪そうな笑みを浮かべた。
 流石にタクミも気になり、綾乃の顔をふてくされたように見た。
「なんだよ」
「科学のテストの点数が悪かったからでしょ」
「違うって」
「ごまかさなくたっていいんだよ。あたしタクミの点数見ちゃったんだから」
「そうじゃない」
「40点なんだから悪くないことはないでしょ」
「テストの点数が低いのはあってるけどそうじゃない」
「じゃあなに?」
「・・・」
 墓穴を掘ったとはこのことかもしれない。タクミは唇を歪めながら携帯電話をポケットから取り出して操作した。黙って画面を綾乃の顔の前に見せつけた。
 綾乃の表情が真顔になる。見られたくないものを見られたバツの悪い思いになっているのかもしれない。
 その画面には、綾乃が黒のスポーツブラを着て赤いボクシンググローブをつけてファイティングポーズを取っている姿がバストアップで映っている。右隣には同じ格好でファイティングポーズを取る若い女性の姿。二人の間にはVSの文字。つまりは、ボクシングの対戦カードの画像だった。
 しかし、タクミの推測を裏切るように綾乃ははしゃぐように表情を崩し右手で携帯電話に触れ、画面に近付ける。
「これって今度の試合じゃない。タクミ、観にきてくれるの!?」
 そう言って、綾乃はタクミを見た。
「いかないよ。その前に何で綾乃がボクシングの試合に出るんだよ」
「あっ、言ってなかったっけ、あたしがプロボクサーになったの」
 あっけらかんと話す綾乃にタクミは苛つくように片目を細めて視線を向けた。
「プロテスト合格したんだよ」
「ボクササイズするまでは聞いてたけど、試合は聞いてない」
「会長さんから薦められちゃったんだもん。お前は才能あるって」
「怪我したらどうするんだよ」
「ボクシングの試合なんだから怪我はするでしょ。スポーツなんだもん」
「顔に傷が残ることだってあるし」
「そんな心配してたら何も出来ないよ」
 一つ一つきちんと返され、タクミは口ごもった。柄にもなく感情論で話して、正論で撃墜されている。これじゃ綾乃と話せば話すほど苛立たされるだけだ。
「なんだかなぁ」
 綾乃がそっぽを向いた。
「タクミといたらモチベーション下がっちゃう」
 綾乃が背中を向けたまま言う。
「間違ったこと言ってないだろ」
「あ~もうその反応がつまんない」
 タクミは唇を強く閉じてへの字に曲げた。
 なんだよその言い草は。心配してやってるのに。

小説・君がリングに上がる | コメント(0)
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