「Valkyrie age」第4話
2018/03/07 Wed 01:24
パンチを打てばパンチを打たれる…
リング中央に大の字になって倒れているユウが天井を仰ぎながら半笑いの笑顔を浮かべる。目がとろんとし、力無く開いている口からはくわえているのも苦しそうにマウスピースが顔をのぞかせる。
セコンドの激しい叱咤の声、観客席から漏れる悲痛な叫び。リングに向かって飛ばされるそれらは恍惚とした表情で倒れているユウにとって窓の外からの音のようにしか聞こえてこない。
ユウの身体に数えきれないほど打ち込み、何度となくキャンバスに這わせたキララのカウンターパンチ。ぴくりとも身体が動けず朦朧とするユウの意識は身体だけじゃなく心にまでダメージを深く刻み込まれた彼女のパンチに囚われている。
パンチを打つたびに身体中に尋常じゃない衝撃が走った。自分のパンチのダメージがキララのパンチに合わさって返ってくる。ハードパンチャーのあたしのパンチの威力がさらに増して自分に打ち込まれる。それは身体が粉々に砕けるんじゃないかと思えるほどのダメージだった。
でも、辛いのはそれだけじゃない。パンチを打たなければカウンターを食らうことはない。でも、パンチを打たなければ試合に勝つことを放棄するようなもの。自分から攻めていってボロボロにされていく。まるで自分から破滅に向かって行っているかのような虚しさを味あわされた。そして、その虚しさはダウンを重ねるごとに増していく。
これで何度目だ…。
第1Rに一度、第2Rに一度、第3Rに二度、第4R・第5Rに一度、この第6Rに二度…。
八回もキャンバスの冷たい感触を味あわされているのかあたしは…。
軍人になってからボクシングのリングの上で味わったことのなかった悔しさをこの試合だけで八度も…。
プロボクシングの試合ならとっくに止めている。
でも、これは御前試合。
ここは地球。
地球に住んでいる人たちの威信がこの試合にはかかっているんだ。
止めるはずがない。
あたし次第なんだ。
立たなきゃ…。
負けるわけにはいかないんだった。
地球のためじゃない。
お父さんの為に…。
亡くなった父のためにあたしはここで負けるわけにはいかないんだ。
ユウはカウント9で立ち上がる。レフェリーは試合を続行させた。
キララが攻めてこないなら自分もそのままでいようと思った。
このRもう二度もダウンしている。次ダウンしたら強制的に試合終了だ。逃げ腰は嫌だけどなんとしてもこのRを凌がなきゃ。
キララはこれまで一度も自分からパンチを打ってきていない。あたしからパンチを打たないかぎりパンチを打ってこない。キララがこれまで同様の闘い方をしてくるならこのRを凌げる。来るな、来ないでくれ。
朦朧とした意識の中でユウは懇願する。
しかし、その願いすらも適うことはなかった。
キララは攻めてきた。全速力のダッシュで。
突き放さなきゃ左ジャブで。
ユウはパンチを打とうとするものの金縛りにあったように身体が硬直して動かない。
カウンターパンチを打ち込まれた時の凄まじい衝撃の数々が甦り、ユウの心を恐怖心が拘束する。
もうイヤだと心の中で呟いた。
パンチを打つのがイヤ。もうパンチを打ちたくない…。
パンチを打てばパンチを打ち込まれるから…。
本能が己の身体を守ろうとする。
でも――――。
ユウは知っている。
パンチを打たなきゃもっと打たれるだけなのを。
次の瞬間、ユウはリングの上の鉄の掟を身をもって味わった。
キララのパンチの猛攻になすすべもなく滅多打ちを浴びるユウ。
ロープに追い詰められ一方的にパンチを浴び続けるその姿はキララのサンドバッグにしか映らず、二人の試合の勝敗は決したも同然だった。
早く試合を止めるべきだ。
地球側の人間が多くを占めている観客席でさえも誰もがそう願うほどの一方的な惨劇。
しかし、試合は終わらない。
レフェリーは止める素振りすら見せない。
その不可解な振る舞いに場内は一段とざわめいた。
八万人を超える大観衆が見つめる中で無力にも殴られ続けるユウ。目から輝きは消え失せ人形のように覇気のない表情をする顔からは血や汗、唾液といったあらゆる液体が殴られるたびに飛び散っていく。
キララが距離を詰めパンチを打ち込んでいく。さらに激しさが増すキララのラッシュ。ロープとキララに挟まれ、密着した距離で強烈なパンチを打たれゆく中でユウは、キララの存在をこれまで以上に意識した。
キララに負けたくない…。
ずっとあった意地は触れ合った肌から伝わってくるキララの体温を感じるにつれ、彼女を一人のボクサーとして認識して薄れていき、自分よりも遥かに強くなったことをユウは受け入れた。
あたしの負けだ…
キララ、あんたの勝ちだよ…
だからもう…
ユウは心の中で願う。届くわけないのに…どんなに二人の身体が密着していても声に出さなきゃ届くはずないのに…。
朦朧とする意識がさらにおぼろげになり消えていこうとする。
次の瞬間、パンチの雨が止まった。
パンチを打つのを止めたキララが踵を返し、ユウの元から離れていく。
「キララ・チガサキ、まだ試合は終わってないぞ…」
レフェリーが動揺した声で注意するものの、キララはかまわず歩を進める。その先にあるのは青コーナー。自分のセコンドの元。
レフェリーは戸惑った表情でキララにまた何か言おうとしたものの、すぐにユウに視線を移した。ユウの異変に気付いたからだ。
「うぅぅっ…」
ファイティングポーズを取り続けたままでいるユウ。しかし、目は白目を向き、唇が細く尖る口からは唾液にまみれたマウスピースが半分はみ出ている。上半身はぷるぷると小刻みに震え、もはや闘えるような状態でないのは誰が見ても一目瞭然の姿だった。呻き声を漏らすユウの上半身の痙攣が一段と激しさを増す。
「ぶえぇぇっ!!」
ユウが口を大きく開けマウスピースを吐き出した。それと同時に両腕がだらりと下がり、糸の切れたマリオネットの人形のように前のめりに崩れ落ちていく。
ユウが顔面からキャンバスに倒れた。
レフェリーが両腕を交差して試合を止める。試合終了のゴングが打ち鳴らされた。
青コーナーに戻ったキララはセコンドの男から手を肩に置かれる。セコンドの男は地球に初めて勝ったというのに浮かれる様子もなく「よくやった」と淡々とした口調で声をかけた。
キララは「はい」と簡単に返事を済ましてユウを見た。キャンバスに倒れたまま動けずにセコンドに介抱されているユウを寂しげな表情で見つめる。
「辛かったよねユウちゃん。ごめんね早く倒せなくて」
キララの小さな声は倒れたままのユウに届かない。そして、勝者となったキララがユウに声をかけることはなかった。青コーナー陣営は自軍のコーナー付近で静かに敗者の動向を見続け、赤コーナー陣営は慌ただしく意識を失ったままのユウを担架に乗せリングを降りていった。
リング中央に大の字になって倒れているユウが天井を仰ぎながら半笑いの笑顔を浮かべる。目がとろんとし、力無く開いている口からはくわえているのも苦しそうにマウスピースが顔をのぞかせる。
セコンドの激しい叱咤の声、観客席から漏れる悲痛な叫び。リングに向かって飛ばされるそれらは恍惚とした表情で倒れているユウにとって窓の外からの音のようにしか聞こえてこない。
ユウの身体に数えきれないほど打ち込み、何度となくキャンバスに這わせたキララのカウンターパンチ。ぴくりとも身体が動けず朦朧とするユウの意識は身体だけじゃなく心にまでダメージを深く刻み込まれた彼女のパンチに囚われている。
パンチを打つたびに身体中に尋常じゃない衝撃が走った。自分のパンチのダメージがキララのパンチに合わさって返ってくる。ハードパンチャーのあたしのパンチの威力がさらに増して自分に打ち込まれる。それは身体が粉々に砕けるんじゃないかと思えるほどのダメージだった。
でも、辛いのはそれだけじゃない。パンチを打たなければカウンターを食らうことはない。でも、パンチを打たなければ試合に勝つことを放棄するようなもの。自分から攻めていってボロボロにされていく。まるで自分から破滅に向かって行っているかのような虚しさを味あわされた。そして、その虚しさはダウンを重ねるごとに増していく。
これで何度目だ…。
第1Rに一度、第2Rに一度、第3Rに二度、第4R・第5Rに一度、この第6Rに二度…。
八回もキャンバスの冷たい感触を味あわされているのかあたしは…。
軍人になってからボクシングのリングの上で味わったことのなかった悔しさをこの試合だけで八度も…。
プロボクシングの試合ならとっくに止めている。
でも、これは御前試合。
ここは地球。
地球に住んでいる人たちの威信がこの試合にはかかっているんだ。
止めるはずがない。
あたし次第なんだ。
立たなきゃ…。
負けるわけにはいかないんだった。
地球のためじゃない。
お父さんの為に…。
亡くなった父のためにあたしはここで負けるわけにはいかないんだ。
ユウはカウント9で立ち上がる。レフェリーは試合を続行させた。
キララが攻めてこないなら自分もそのままでいようと思った。
このRもう二度もダウンしている。次ダウンしたら強制的に試合終了だ。逃げ腰は嫌だけどなんとしてもこのRを凌がなきゃ。
キララはこれまで一度も自分からパンチを打ってきていない。あたしからパンチを打たないかぎりパンチを打ってこない。キララがこれまで同様の闘い方をしてくるならこのRを凌げる。来るな、来ないでくれ。
朦朧とした意識の中でユウは懇願する。
しかし、その願いすらも適うことはなかった。
キララは攻めてきた。全速力のダッシュで。
突き放さなきゃ左ジャブで。
ユウはパンチを打とうとするものの金縛りにあったように身体が硬直して動かない。
カウンターパンチを打ち込まれた時の凄まじい衝撃の数々が甦り、ユウの心を恐怖心が拘束する。
もうイヤだと心の中で呟いた。
パンチを打つのがイヤ。もうパンチを打ちたくない…。
パンチを打てばパンチを打ち込まれるから…。
本能が己の身体を守ろうとする。
でも――――。
ユウは知っている。
パンチを打たなきゃもっと打たれるだけなのを。
次の瞬間、ユウはリングの上の鉄の掟を身をもって味わった。
キララのパンチの猛攻になすすべもなく滅多打ちを浴びるユウ。
ロープに追い詰められ一方的にパンチを浴び続けるその姿はキララのサンドバッグにしか映らず、二人の試合の勝敗は決したも同然だった。
早く試合を止めるべきだ。
地球側の人間が多くを占めている観客席でさえも誰もがそう願うほどの一方的な惨劇。
しかし、試合は終わらない。
レフェリーは止める素振りすら見せない。
その不可解な振る舞いに場内は一段とざわめいた。
八万人を超える大観衆が見つめる中で無力にも殴られ続けるユウ。目から輝きは消え失せ人形のように覇気のない表情をする顔からは血や汗、唾液といったあらゆる液体が殴られるたびに飛び散っていく。
キララが距離を詰めパンチを打ち込んでいく。さらに激しさが増すキララのラッシュ。ロープとキララに挟まれ、密着した距離で強烈なパンチを打たれゆく中でユウは、キララの存在をこれまで以上に意識した。
キララに負けたくない…。
ずっとあった意地は触れ合った肌から伝わってくるキララの体温を感じるにつれ、彼女を一人のボクサーとして認識して薄れていき、自分よりも遥かに強くなったことをユウは受け入れた。
あたしの負けだ…
キララ、あんたの勝ちだよ…
だからもう…
ユウは心の中で願う。届くわけないのに…どんなに二人の身体が密着していても声に出さなきゃ届くはずないのに…。
朦朧とする意識がさらにおぼろげになり消えていこうとする。
次の瞬間、パンチの雨が止まった。
パンチを打つのを止めたキララが踵を返し、ユウの元から離れていく。
「キララ・チガサキ、まだ試合は終わってないぞ…」
レフェリーが動揺した声で注意するものの、キララはかまわず歩を進める。その先にあるのは青コーナー。自分のセコンドの元。
レフェリーは戸惑った表情でキララにまた何か言おうとしたものの、すぐにユウに視線を移した。ユウの異変に気付いたからだ。
「うぅぅっ…」
ファイティングポーズを取り続けたままでいるユウ。しかし、目は白目を向き、唇が細く尖る口からは唾液にまみれたマウスピースが半分はみ出ている。上半身はぷるぷると小刻みに震え、もはや闘えるような状態でないのは誰が見ても一目瞭然の姿だった。呻き声を漏らすユウの上半身の痙攣が一段と激しさを増す。
「ぶえぇぇっ!!」
ユウが口を大きく開けマウスピースを吐き出した。それと同時に両腕がだらりと下がり、糸の切れたマリオネットの人形のように前のめりに崩れ落ちていく。
ユウが顔面からキャンバスに倒れた。
レフェリーが両腕を交差して試合を止める。試合終了のゴングが打ち鳴らされた。
青コーナーに戻ったキララはセコンドの男から手を肩に置かれる。セコンドの男は地球に初めて勝ったというのに浮かれる様子もなく「よくやった」と淡々とした口調で声をかけた。
キララは「はい」と簡単に返事を済ましてユウを見た。キャンバスに倒れたまま動けずにセコンドに介抱されているユウを寂しげな表情で見つめる。
「辛かったよねユウちゃん。ごめんね早く倒せなくて」
キララの小さな声は倒れたままのユウに届かない。そして、勝者となったキララがユウに声をかけることはなかった。青コーナー陣営は自軍のコーナー付近で静かに敗者の動向を見続け、赤コーナー陣営は慌ただしく意識を失ったままのユウを担架に乗せリングを降りていった。
その状況の悲惨さが文章を面白くしますね。 どんな話が続くかどうか期待されます
ありがとうございます(^^)今回はSF要素を入れていつもと少し違う物語にしようと思ってたんですけど、話を考えているうちに友達と闘わせた方が良いと思って、でも、対戦相手を友達にするとこれまでに書いた小説と似てしまうことになってしまってせっかくSFの要素を入れてるのにイマイチになってしまうんじゃないという心配をしてたんですけど、友達が対戦相手であることも含めて気に入ってもらえたみたいで安心しました(^^)物語はまだまだ続くのでこれからも楽しんでもらえたらうれしいです。