「ときめき10カウント~あの時の約束~」第5話
2017/07/18 Tue 23:39
「なんで…さっきまで由香理のジャブを避けれてたのに」
第2R終了後のインターバル。コーナーポストに背中をもたらせてうなだれるように首が下がっているみちるは嘆くように言った。
「右にスイッチしてたよ由香理」
「えっ…?」
みちるは高野の顔を見る。
「あいつサウスポーだろ。でも、2Rの途中で右の構えに変えてた。ちょっとだけだったけどな」
「それがなにか関係あるの?」
「左、右、左って構えが変えられてみちるの距離感を麻痺させられたんだよ。ただでさえサウスポーは距離感が掴みづらいんだ。すげぇやっかいなことしてきたな」
「そんな…そんな小細工してくるなんて…」
とみちるは言うと、
「ぜんぜん小細工じゃねぇよ。立派な戦法だ由香理がしたことは」
高野の怒鳴り声が響いた。
「なによ…由香理の肩持って…」
「何言ってんだよ、俺は相手のボクシングを認めなきゃ勝てないって言ってんだ。相手の肩を持つとかそういう話じゃねぇよ」
みちるは下を見つめたまま高野の言葉に返事をしなかった。高野の言うことはもっとかもしれないけど、他にも言い方ってあるよ高野…。
「みちる、もっと慎重に攻めた方がいい。2Rはボクシングが雑になってた」
それでもアドバイスを続けてくる高野にみちるも小さな声で、
「うん、分かった…」
と頷いた。
高野の言葉には不満があるけれどでも高野を信じなきゃ。友香理には負けたくない。絶対に負けられないから――――。
第3R開始のゴングが鳴る。
きゅっきゅっとキャンバスを蹴り上げ軽やかなステップを刻む音と共に乾いたパンチの音が次々と鳴り響いていく。左に右にスイッチしながら舞うようにステップして相手を翻弄し、放たれたパンチはことごとくヒットする。それは美しく、そして凄惨でもあった。
ドボオォォッ!!
「ぶえぇぇっ!!」
由香理の右のボディブローにみちるの身体がくの字に折れ曲がる。お腹にめり込んでいる由香理の右拳よりも頭の位置が下がりまるで屈服したかのような姿を晒すみちるに観客の視線が集中した。厚ぼったく腫れあがった唇からぼたぼたとよだれが垂れ流れ、ぷっくらと膨れわずかに開くばかりの瞳の力は弱々しく今にも意識が飛びそうであった。第1Rあれほど優勢だったのが今や失神寸前にまでダメージを負ったみちるの変わりように観客たちは息を呑む。
もうみちるは完全にグロッギ―…。KOを期待する空気が場内に広がっていく。しかし、由香理は拳をすっと抜くとさっと後ろに距離を取った。そこはみちるのリーチの外。由香理は相手のパンチが届かない安全な距離から棒立ちとなったみちるの無防備な顔面に右のジャブを打ち込んでいく。
バシィッ!!バシィッ!!バシィッ!!
みちるの膝が何度となくがくがくと揺れる。明らかにパンチの射程外である距離から由香理のパンチを受け続けるみちる。その様はまるで大人と子供が闘っているかのように映るほど一方的な光景だった。差がどんどん広がっていく二人。しかしパンチを一方的に浴び続けたままじゃいられない。いられるわけがない。
「あたしだって!!」
みちるが反撃に出た。しかし、距離感を失ったみちるのパンチは由香理にまったく当たらない。空振りを続けるうちにパンチは大振りになっていきついにはパンチをかわされて体勢を崩してキャンバスに両膝をついた。これがデビュー戦の試合の新人ボクサーであるかのようなお粗末なボクシングをするようになったみちるに観客席からは失望の声が漏れる。
「最初だけだったな竹嶋は…」
「全然ダメじゃん」
ブーイングや非難の言葉が飛び交う中、みちるが荒い息を吐きながら立ち上がると、攻防は由香理のターンへと移った。右のジャブを二発。さらにスイッチして右に周ってから左のジャブを二発。足の位置が絶妙なタイミングで変わっていく由香理のボクシングにみちるは反応出来ずにパンチを浴び続ける。
大味なみちるの攻撃を見せられた後だけにことさら由香理のボクシングの美しさが際立った。場内からは拍手喝采が沸き起こり、由香理コール一色に染まっていった。
観客を味方につけた由香理のパンチの連打が止まらない。円を描くように周りながら左右のパンチを次々と打ち込みみちるをリング中央から逃げられないように封じ込める。
由香理コールが止まない中、由香理のパンチをサンドバッグのように浴び続けるみちるは心の中で叫んでいた。
なんで、なんで由香理のパンチばっかり当たるの…おかしいよさっきまではあたしが押してたのに…。
パンチのダメージからかそれとも悔しさからなのか、みちるの目には涙が浮かび端から零れ落ちそうになっている。その目が重く鈍い音が響くと同時に大きく見開いた。
ドボオォッ!!
由香理の左のボディブロー。強烈な一撃はアッパーカットの軌道で下からみちるのお腹を突き上げる。大きく見開いたみちるの目から涙が零れ落ち、先が細く尖った唇は金魚のようにぱくぱくと動いていた。パンチのダメージで固まっていたみちるの身体が痙攣を始める。由香理は距離を取ることを選ばずに追撃のアッパーカットでみちるの顎を上に吹き飛ばした。
グワシャッ!!
天に向かって伸び上がった由香理の左の拳。顎を跳ね上げられたみちるは血飛沫を噴きながら後ろに吹き飛ばされた。どたどたと下がっていくみちるの後退は赤コーナーのポストにぶつかって止まった。最上段のロープに両腕が絡まりなんとかダウンを免れている。しかし、背中がコーナーポストにもたれ顎が上がり天を見上げたまま動けずにグロッギ―な状態でいる。
「みちる!!」
みちるのすぐ後ろ、エプロンから叫ぶように声が飛んだ。父とそして高野の声。目が虚ろだったみちるはゆっくりと顎を下げてファイティングポーズを取る。その目は虚ろなままで父と高野の声が聞えたのかは分からない。みちるは一直線に由香理の元へ向かっていった。
「行くなみちる!!」
制止をかけたのは高野だった。
しかし、みちるはかまわずに由香理に向かっていく。右のストレートを由香理の顔面めがけて放った。両足をキャンバスにつけて構えていた由香理も左のストレートで攻撃に出た。
みちると由香理の拳が交錯し、そして――――。
凄まじい打撃音がリング中央から轟いた。
それは由香理の思い通りの一撃。そして、みちるにとっては痛恨の一撃――――。
みちるの名を呼ぶ高野の叫び声が再び赤コーナーから響き渡った。
第2R終了後のインターバル。コーナーポストに背中をもたらせてうなだれるように首が下がっているみちるは嘆くように言った。
「右にスイッチしてたよ由香理」
「えっ…?」
みちるは高野の顔を見る。
「あいつサウスポーだろ。でも、2Rの途中で右の構えに変えてた。ちょっとだけだったけどな」
「それがなにか関係あるの?」
「左、右、左って構えが変えられてみちるの距離感を麻痺させられたんだよ。ただでさえサウスポーは距離感が掴みづらいんだ。すげぇやっかいなことしてきたな」
「そんな…そんな小細工してくるなんて…」
とみちるは言うと、
「ぜんぜん小細工じゃねぇよ。立派な戦法だ由香理がしたことは」
高野の怒鳴り声が響いた。
「なによ…由香理の肩持って…」
「何言ってんだよ、俺は相手のボクシングを認めなきゃ勝てないって言ってんだ。相手の肩を持つとかそういう話じゃねぇよ」
みちるは下を見つめたまま高野の言葉に返事をしなかった。高野の言うことはもっとかもしれないけど、他にも言い方ってあるよ高野…。
「みちる、もっと慎重に攻めた方がいい。2Rはボクシングが雑になってた」
それでもアドバイスを続けてくる高野にみちるも小さな声で、
「うん、分かった…」
と頷いた。
高野の言葉には不満があるけれどでも高野を信じなきゃ。友香理には負けたくない。絶対に負けられないから――――。
第3R開始のゴングが鳴る。
きゅっきゅっとキャンバスを蹴り上げ軽やかなステップを刻む音と共に乾いたパンチの音が次々と鳴り響いていく。左に右にスイッチしながら舞うようにステップして相手を翻弄し、放たれたパンチはことごとくヒットする。それは美しく、そして凄惨でもあった。
ドボオォォッ!!
「ぶえぇぇっ!!」
由香理の右のボディブローにみちるの身体がくの字に折れ曲がる。お腹にめり込んでいる由香理の右拳よりも頭の位置が下がりまるで屈服したかのような姿を晒すみちるに観客の視線が集中した。厚ぼったく腫れあがった唇からぼたぼたとよだれが垂れ流れ、ぷっくらと膨れわずかに開くばかりの瞳の力は弱々しく今にも意識が飛びそうであった。第1Rあれほど優勢だったのが今や失神寸前にまでダメージを負ったみちるの変わりように観客たちは息を呑む。
もうみちるは完全にグロッギ―…。KOを期待する空気が場内に広がっていく。しかし、由香理は拳をすっと抜くとさっと後ろに距離を取った。そこはみちるのリーチの外。由香理は相手のパンチが届かない安全な距離から棒立ちとなったみちるの無防備な顔面に右のジャブを打ち込んでいく。
バシィッ!!バシィッ!!バシィッ!!
みちるの膝が何度となくがくがくと揺れる。明らかにパンチの射程外である距離から由香理のパンチを受け続けるみちる。その様はまるで大人と子供が闘っているかのように映るほど一方的な光景だった。差がどんどん広がっていく二人。しかしパンチを一方的に浴び続けたままじゃいられない。いられるわけがない。
「あたしだって!!」
みちるが反撃に出た。しかし、距離感を失ったみちるのパンチは由香理にまったく当たらない。空振りを続けるうちにパンチは大振りになっていきついにはパンチをかわされて体勢を崩してキャンバスに両膝をついた。これがデビュー戦の試合の新人ボクサーであるかのようなお粗末なボクシングをするようになったみちるに観客席からは失望の声が漏れる。
「最初だけだったな竹嶋は…」
「全然ダメじゃん」
ブーイングや非難の言葉が飛び交う中、みちるが荒い息を吐きながら立ち上がると、攻防は由香理のターンへと移った。右のジャブを二発。さらにスイッチして右に周ってから左のジャブを二発。足の位置が絶妙なタイミングで変わっていく由香理のボクシングにみちるは反応出来ずにパンチを浴び続ける。
大味なみちるの攻撃を見せられた後だけにことさら由香理のボクシングの美しさが際立った。場内からは拍手喝采が沸き起こり、由香理コール一色に染まっていった。
観客を味方につけた由香理のパンチの連打が止まらない。円を描くように周りながら左右のパンチを次々と打ち込みみちるをリング中央から逃げられないように封じ込める。
由香理コールが止まない中、由香理のパンチをサンドバッグのように浴び続けるみちるは心の中で叫んでいた。
なんで、なんで由香理のパンチばっかり当たるの…おかしいよさっきまではあたしが押してたのに…。
パンチのダメージからかそれとも悔しさからなのか、みちるの目には涙が浮かび端から零れ落ちそうになっている。その目が重く鈍い音が響くと同時に大きく見開いた。
ドボオォッ!!
由香理の左のボディブロー。強烈な一撃はアッパーカットの軌道で下からみちるのお腹を突き上げる。大きく見開いたみちるの目から涙が零れ落ち、先が細く尖った唇は金魚のようにぱくぱくと動いていた。パンチのダメージで固まっていたみちるの身体が痙攣を始める。由香理は距離を取ることを選ばずに追撃のアッパーカットでみちるの顎を上に吹き飛ばした。
グワシャッ!!
天に向かって伸び上がった由香理の左の拳。顎を跳ね上げられたみちるは血飛沫を噴きながら後ろに吹き飛ばされた。どたどたと下がっていくみちるの後退は赤コーナーのポストにぶつかって止まった。最上段のロープに両腕が絡まりなんとかダウンを免れている。しかし、背中がコーナーポストにもたれ顎が上がり天を見上げたまま動けずにグロッギ―な状態でいる。
「みちる!!」
みちるのすぐ後ろ、エプロンから叫ぶように声が飛んだ。父とそして高野の声。目が虚ろだったみちるはゆっくりと顎を下げてファイティングポーズを取る。その目は虚ろなままで父と高野の声が聞えたのかは分からない。みちるは一直線に由香理の元へ向かっていった。
「行くなみちる!!」
制止をかけたのは高野だった。
しかし、みちるはかまわずに由香理に向かっていく。右のストレートを由香理の顔面めがけて放った。両足をキャンバスにつけて構えていた由香理も左のストレートで攻撃に出た。
みちると由香理の拳が交錯し、そして――――。
凄まじい打撃音がリング中央から轟いた。
それは由香理の思い通りの一撃。そして、みちるにとっては痛恨の一撃――――。
みちるの名を呼ぶ高野の叫び声が再び赤コーナーから響き渡った。
ありがとうございます(^^)勝てると思った相手に追い詰められていく展開が好きなので、気に入っていただけたみたいでうれしいです(^^)
まさに週間ペースで読みたい展開!
ここまできたのに、まだ決着は分からない・・・
文章のスリリングなところですね。
由香理お嬢様の積んできた無理がここで
噴出してしまうとか・・・こうして考えると
お嬢様だけにヒロイン力がみちるより高いような
ありがとうございます(^^)あいまいな描写で終りにして続きが気になるような”引き”にしてみました。由香理のヒロイン力が高く感じるのは、お嬢様自体が女子力が買いのに加えてストイックな感じにしてるからかもしれませんね(^^)