「ときめき10カウント~あの時の約束~」第4話
2017/07/03 Mon 23:17
由香理はカウント8で立ち上がってきた。表情はまだ歪んだままでダメージが残っているのは明らかだった。
試合が再開されると同時にみちるは一気に前に出た。由香理の右のジャブをかわしながら距離を縮める。
悪いけどもうジャブは慣れたから通用しないよ。
由香理のジャブをことごとくかわして至近距離まで距離を縮めると、みちるはもう一度左のボディブローを放った。ガードの上。でも、由香理の動きが一瞬止まったのをみちるは見逃さなかった。そのままフックの連打で攻め立てていく。由香理は防戦一方となりパンチがまったく出なくなった。あっという間にコーナーポストまで押しやり、逃げ場を断ち切った状態でパンチを容赦なく浴びせた。
ほとんどがガードの上からとはいえ何発かは良いパンチが由香理に当たった。コーナーポストで一方的に攻める状況がえんえんと続き、背中からレフェリーに掴まれた。
えっもしかしてレフェリーストップ?
高揚感に満ちながらレフェリーの方を見ると、
「ゴングだ。1R終了だ竹嶋」
と言われた。
そんな簡単には終わらないか。
みちるは気を取り直して、由香理に顔を向ける。由香理はコーナーポストに身体をもたせながらまだ両腕のガードを上げたまま苦しそうに息をしていた。
なんだもうよろよろじゃん。
由香理の弱り切った姿を見て、みちるは次のラウンドには倒せると自信を持ってコーナーから離れた。
「良い調子じゃないかみちる」
笑顔で迎えてくれたパパに
「うん、早い回で倒せるかもしれない」
と気持ちよく応えた。
「でも、油断は禁物だぞ。タイトルマッチなんだ、一瞬の隙が命取りになることだってあるんだから」
「分かってるってパパ」
そう言ってみちるはマウスピースを口から出して高野の顔を見た。高野はまた由香理の方を見ていた。
「高野…」
みちるの声に気付いて、高野がこちらに視線を向けた。
「わりい…」
そう言って高野はみちるのマウスピースを手に取って、水で洗う。
なんで由香理を見てるの高野…。
つい不安が出た。でも、それは試合とは関係のない…。すぐに気持ちを切り替えようとして、高野から顔を反らした。
マウスピースを渡してくれた高野の方を見ずにみちるは口にくわえる。
試合に勝てばいいんだから。試合に勝てば不安なんて関係なくなる。
第2R開始のゴングが鳴った。
コーナーを勢いよく飛び出したみちるに由香理がジャブを放つ。右のジャブを三連発。
みちるがガードで凌ぐと、右に周られてさらに左のジャブが一発、二発。まだパンチの威力は落ちていない。でも、パンチをこれだけ出すってことはダメージが残っていること。今のうちに攻めなきゃ。
由香理のジャブはまったく当たらない。スリッピングで頭を動かしながらみちるはかわし続け、五発目のジャブを避けたところで一気に距離を縮めに出た。
懐に潜り込めた。また左のボディブローだ。そう思っていたら身体が由香理にぶつかって、体勢を崩して二人とも倒れてしまった。
おかしいな、ばっちりの間合いだと思ったのに。
由香理に覆いかぶさるように倒れたみちるは首を傾げながら先に立ち上がった。一方の由香理は荒げた息を吐いたままなかなか立ち上がってこない。
時間稼ぎしてるんだからダウン取ってよ。
由香理に苛々しながらレフェリーの方を見るものの、早く立ち上がるように促すだけでダウンを取ることも注意をすることもなかった。
ようやく由香理が気だるそうに立ち上がってくると、試合の再開と同時にみちるはダッシュして由香理に襲いかかった。
ジャブのタイミングはもう分かっている。由香理に恐れるものはない。ここで一気に試合を決める。
そのつもりだった。
飛んでくる由香理の右のジャブ。
そのタイミングは分かっている。
そのはずだった。
なのに――――。
由香理の右のジャブがみちるの顔面を捉え後ろへ弾き飛ばした。
みちるが目を大きく開けたまま表情が固まる。
避けたと思ったはずのパンチを食らって状況の理解が出来なかった。
「たまたまだよ」
自分に言い聞かせるようにみちるは言ってまたダッシュして距離を詰めに出た。
しかし――――。
状況は一変した。由香理の右のジャブが次々とみちるの顔面を捉える。
みちるの心が激しく動揺する。
なんで、さっきは避けれてたのに…。
思うようなボクシングが出来なくなったみちるだったが、それでも前に出続けた。さっきまで由香理は倒れる寸前だったんだ。今攻めなきゃ、今がチャンスなんだ。
しかし、前に出るみちるを嘲笑うかのように由香理の右のジャブが正確に顔面を捉えた。
由香理の右のジャブの二連発。すぐにまた二連発。今度は三連発。左のストレートまでがみちるの顔面を鮮やかに捉えた。
息を吹き返した由香理のボクシングの前に、だんだんとみちるの足が出なくなる。勢いよくキャンバスを蹴る姿はなくなり、ついにはみちるの両足が止まってしまった。
みちるは両肩を上げて顔をしかめながらハァハァと荒い息を吐いている。呼吸が乱れなくなった由香理とは正反対の姿になっていた。
出なきゃ前に…。
そう思い、つま先に重心を乗せたところで、また由香理の左のストレートがみちるの顔面に深々と突き刺さった。
「ぶふぅっ!!」
みちるが血飛沫を撒き散らしながら、後ろに吹き飛ばされる。ドタドタと後退していくみちるはロープに身体が当たり、右腕を絡ませてなんとかダウンを免れた。
その体勢のままみちるは虚ろな目で距離を詰めに来る由香理の姿を見つめていた。
なんで…なんで由香理のジャブが避けられないの…。
前に出るみちる。しかし、由香理の左ストレートを浴びてまたロープまで吹き飛ばされる。由香理が一気に距離を詰めて、がら空きとなったみちるの顔面めがけて三度めの左のストレートを放つ。
カーン
第2R終了のゴングが鳴り響いた。
由香理の赤いボクシンググローブはみちるの顔の目の前で止まっていた。由香理はゆっくりと拳を引き、満足そうな笑みを浮かべる。表情が固まったままのみちるに対して一人先に青コーナーへと戻っていった。ややあってから、みちるがようやく赤コーナーへと戻り始めた。口元にうっすらと笑みを浮かべた由香理の顔がいつまでも頭に残る。
なんで…なんでなの…。
みちるは頭を下げたまま悔しい思いで何度も心の中で叫んでいた。
試合が再開されると同時にみちるは一気に前に出た。由香理の右のジャブをかわしながら距離を縮める。
悪いけどもうジャブは慣れたから通用しないよ。
由香理のジャブをことごとくかわして至近距離まで距離を縮めると、みちるはもう一度左のボディブローを放った。ガードの上。でも、由香理の動きが一瞬止まったのをみちるは見逃さなかった。そのままフックの連打で攻め立てていく。由香理は防戦一方となりパンチがまったく出なくなった。あっという間にコーナーポストまで押しやり、逃げ場を断ち切った状態でパンチを容赦なく浴びせた。
ほとんどがガードの上からとはいえ何発かは良いパンチが由香理に当たった。コーナーポストで一方的に攻める状況がえんえんと続き、背中からレフェリーに掴まれた。
えっもしかしてレフェリーストップ?
高揚感に満ちながらレフェリーの方を見ると、
「ゴングだ。1R終了だ竹嶋」
と言われた。
そんな簡単には終わらないか。
みちるは気を取り直して、由香理に顔を向ける。由香理はコーナーポストに身体をもたせながらまだ両腕のガードを上げたまま苦しそうに息をしていた。
なんだもうよろよろじゃん。
由香理の弱り切った姿を見て、みちるは次のラウンドには倒せると自信を持ってコーナーから離れた。
「良い調子じゃないかみちる」
笑顔で迎えてくれたパパに
「うん、早い回で倒せるかもしれない」
と気持ちよく応えた。
「でも、油断は禁物だぞ。タイトルマッチなんだ、一瞬の隙が命取りになることだってあるんだから」
「分かってるってパパ」
そう言ってみちるはマウスピースを口から出して高野の顔を見た。高野はまた由香理の方を見ていた。
「高野…」
みちるの声に気付いて、高野がこちらに視線を向けた。
「わりい…」
そう言って高野はみちるのマウスピースを手に取って、水で洗う。
なんで由香理を見てるの高野…。
つい不安が出た。でも、それは試合とは関係のない…。すぐに気持ちを切り替えようとして、高野から顔を反らした。
マウスピースを渡してくれた高野の方を見ずにみちるは口にくわえる。
試合に勝てばいいんだから。試合に勝てば不安なんて関係なくなる。
第2R開始のゴングが鳴った。
コーナーを勢いよく飛び出したみちるに由香理がジャブを放つ。右のジャブを三連発。
みちるがガードで凌ぐと、右に周られてさらに左のジャブが一発、二発。まだパンチの威力は落ちていない。でも、パンチをこれだけ出すってことはダメージが残っていること。今のうちに攻めなきゃ。
由香理のジャブはまったく当たらない。スリッピングで頭を動かしながらみちるはかわし続け、五発目のジャブを避けたところで一気に距離を縮めに出た。
懐に潜り込めた。また左のボディブローだ。そう思っていたら身体が由香理にぶつかって、体勢を崩して二人とも倒れてしまった。
おかしいな、ばっちりの間合いだと思ったのに。
由香理に覆いかぶさるように倒れたみちるは首を傾げながら先に立ち上がった。一方の由香理は荒げた息を吐いたままなかなか立ち上がってこない。
時間稼ぎしてるんだからダウン取ってよ。
由香理に苛々しながらレフェリーの方を見るものの、早く立ち上がるように促すだけでダウンを取ることも注意をすることもなかった。
ようやく由香理が気だるそうに立ち上がってくると、試合の再開と同時にみちるはダッシュして由香理に襲いかかった。
ジャブのタイミングはもう分かっている。由香理に恐れるものはない。ここで一気に試合を決める。
そのつもりだった。
飛んでくる由香理の右のジャブ。
そのタイミングは分かっている。
そのはずだった。
なのに――――。
由香理の右のジャブがみちるの顔面を捉え後ろへ弾き飛ばした。
みちるが目を大きく開けたまま表情が固まる。
避けたと思ったはずのパンチを食らって状況の理解が出来なかった。
「たまたまだよ」
自分に言い聞かせるようにみちるは言ってまたダッシュして距離を詰めに出た。
しかし――――。
状況は一変した。由香理の右のジャブが次々とみちるの顔面を捉える。
みちるの心が激しく動揺する。
なんで、さっきは避けれてたのに…。
思うようなボクシングが出来なくなったみちるだったが、それでも前に出続けた。さっきまで由香理は倒れる寸前だったんだ。今攻めなきゃ、今がチャンスなんだ。
しかし、前に出るみちるを嘲笑うかのように由香理の右のジャブが正確に顔面を捉えた。
由香理の右のジャブの二連発。すぐにまた二連発。今度は三連発。左のストレートまでがみちるの顔面を鮮やかに捉えた。
息を吹き返した由香理のボクシングの前に、だんだんとみちるの足が出なくなる。勢いよくキャンバスを蹴る姿はなくなり、ついにはみちるの両足が止まってしまった。
みちるは両肩を上げて顔をしかめながらハァハァと荒い息を吐いている。呼吸が乱れなくなった由香理とは正反対の姿になっていた。
出なきゃ前に…。
そう思い、つま先に重心を乗せたところで、また由香理の左のストレートがみちるの顔面に深々と突き刺さった。
「ぶふぅっ!!」
みちるが血飛沫を撒き散らしながら、後ろに吹き飛ばされる。ドタドタと後退していくみちるはロープに身体が当たり、右腕を絡ませてなんとかダウンを免れた。
その体勢のままみちるは虚ろな目で距離を詰めに来る由香理の姿を見つめていた。
なんで…なんで由香理のジャブが避けられないの…。
前に出るみちる。しかし、由香理の左ストレートを浴びてまたロープまで吹き飛ばされる。由香理が一気に距離を詰めて、がら空きとなったみちるの顔面めがけて三度めの左のストレートを放つ。
カーン
第2R終了のゴングが鳴り響いた。
由香理の赤いボクシンググローブはみちるの顔の目の前で止まっていた。由香理はゆっくりと拳を引き、満足そうな笑みを浮かべる。表情が固まったままのみちるに対して一人先に青コーナーへと戻っていった。ややあってから、みちるがようやく赤コーナーへと戻り始めた。口元にうっすらと笑みを浮かべた由香理の顔がいつまでも頭に残る。
なんで…なんでなの…。
みちるは頭を下げたまま悔しい思いで何度も心の中で叫んでいた。
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