「あに―いもうと」最終話
2017/05/19 Fri 20:15
美羽とのタイトルマッチが終わって控室に戻った後もダメージで一人では立ち上がれず亜衣は病院へ向かった。翌日の検査では特に異常は見当たらず、普通に行動出来るまでに回復したが念のために四日間入院することになった。
そして、退院の日。
病院の入り口を出ると思いもしない顔を目にした。
「お兄ちゃん…」
「おう…今日が退院の日だって聞いてな」
タクロウが目を合わさずに言った。
「良いアンテナしてるね、お兄ちゃん。誰から聞いたの?」
亜衣は頬を緩ませる。
「院長先生だよ」
「なぁんだ。こそこそしないで直接あたしに聞いてくれれば良かったのに」
「聞くと絶対行かなきゃいかなくなるだろ。おれも行こうかぎりぎりまで迷ってたからな」
亜衣は答えずに頬を緩ませながらタクロウの顔を見続ける。
「それにしてもお前のジムの人は冷たいな。来たのは俺だけじゃねぇか」
亜衣はくすっと笑う。
「何だよ」
「お兄ちゃんが入院した時も迎えに来たのあたしだけだったよ」
タクロウが頬を人差し指で搔いて右斜め上に目を向けた。
「そうだっけか…」
タクロウは目線を戻して、
「だからか、今日行った方が良いよなって思ったのは」
と言った。
「身体の方はどうなんだよ」
「もう大丈夫。今日からでも練習再開出来るくらい」
「そっか…。でもな、デンプシーロールはもう使うなよ」
タクロウの表情が真顔になる。
「何で?」
「次は入院だけじゃ済まねぇかもしれねぇ」
「でも、お兄ちゃん、美羽に必死になって指示出してたでしょ。コーナーから出ろって」
「いや、まぁ…そうだったっけ?」
「そうだよ。それだけ脅威な技ってことでしょ」
「それでも、リスクが高すぎる。コーナー限定の技じゃな…」
「今はそうかもしれないけど…でも、あたしはもっとこの技を高めたい」
亜衣は右拳を握ってみせた。
「あたしには次があったから…。だからね、お兄ちゃんの得意技だったこの技をもっともっとすごい技にするから」
亜衣はそう言ってタクロウに笑顔を向けた。
「それで、いつかこの技で世界のベルトを獲ってみせるから」
タクロウの顔が破願する。
「ははは…。そうか…そんな発想俺にはなかったな…」
タクロウが亜衣の肩に手を乗せた。
「楽しみにしてるよ。亜衣が進化させたデンプシーロールを見るのを」
「うん、それで絶対に世界チャンピオンになるから」
しばらくしてタクロウが立ち止まった。数歩先に出た亜衣も立ち止まり振り返った。
「なぁ…俺もジムを止めて亜衣のトレーナーをやろうと考えてる。また一緒に目指すか、世界」
「ありがとう」
亜衣はにこっと笑った。
「でも、お兄ちゃんはジムを止めちゃダメだよ」
「あっ…」
「あたしはわがままで止めたけど、あたしはボクサーだからいいの。お兄ちゃんはトレーナーでしょ」
「えっあぁ…」
「トレーナーがわがままで止めちゃ選手は誰もついてこなくなるでしょ。あたしだってそんなお兄ちゃんに教わりたくないもん」
タクロウが下を向いて髪の毛をまさぐった。首を左右に何度も振る。
「まさか、亜衣に諭されるとはな…」
「あたしはもう十分だから」
亜衣は一人でまた先に進み始めた。
「あっ…?何がだよ」
「そりゃいろいろとでしょ」
そう言って亜衣は笑みを浮かべた。
「ぜんぜん分かんねえよ」
タクロウも苦笑いを浮かべる。タクロウも亜衣の後を追って進んだ。
亜衣は空を見上げた。綺麗な青空に出ている太陽の光を受けて、亜衣は両手を腰の後ろでつないで背筋を伸ばした。もう一度心地よさそうに笑みを浮かべる。
あたしはもう十分。あたしにはお兄ちゃんから継いだ技があるから。そして、試合で送ってくれた声。兄はいつだってあたしを思ってくれている。
そう、それで十分なのだ。
おわり
そして、退院の日。
病院の入り口を出ると思いもしない顔を目にした。
「お兄ちゃん…」
「おう…今日が退院の日だって聞いてな」
タクロウが目を合わさずに言った。
「良いアンテナしてるね、お兄ちゃん。誰から聞いたの?」
亜衣は頬を緩ませる。
「院長先生だよ」
「なぁんだ。こそこそしないで直接あたしに聞いてくれれば良かったのに」
「聞くと絶対行かなきゃいかなくなるだろ。おれも行こうかぎりぎりまで迷ってたからな」
亜衣は答えずに頬を緩ませながらタクロウの顔を見続ける。
「それにしてもお前のジムの人は冷たいな。来たのは俺だけじゃねぇか」
亜衣はくすっと笑う。
「何だよ」
「お兄ちゃんが入院した時も迎えに来たのあたしだけだったよ」
タクロウが頬を人差し指で搔いて右斜め上に目を向けた。
「そうだっけか…」
タクロウは目線を戻して、
「だからか、今日行った方が良いよなって思ったのは」
と言った。
「身体の方はどうなんだよ」
「もう大丈夫。今日からでも練習再開出来るくらい」
「そっか…。でもな、デンプシーロールはもう使うなよ」
タクロウの表情が真顔になる。
「何で?」
「次は入院だけじゃ済まねぇかもしれねぇ」
「でも、お兄ちゃん、美羽に必死になって指示出してたでしょ。コーナーから出ろって」
「いや、まぁ…そうだったっけ?」
「そうだよ。それだけ脅威な技ってことでしょ」
「それでも、リスクが高すぎる。コーナー限定の技じゃな…」
「今はそうかもしれないけど…でも、あたしはもっとこの技を高めたい」
亜衣は右拳を握ってみせた。
「あたしには次があったから…。だからね、お兄ちゃんの得意技だったこの技をもっともっとすごい技にするから」
亜衣はそう言ってタクロウに笑顔を向けた。
「それで、いつかこの技で世界のベルトを獲ってみせるから」
タクロウの顔が破願する。
「ははは…。そうか…そんな発想俺にはなかったな…」
タクロウが亜衣の肩に手を乗せた。
「楽しみにしてるよ。亜衣が進化させたデンプシーロールを見るのを」
「うん、それで絶対に世界チャンピオンになるから」
しばらくしてタクロウが立ち止まった。数歩先に出た亜衣も立ち止まり振り返った。
「なぁ…俺もジムを止めて亜衣のトレーナーをやろうと考えてる。また一緒に目指すか、世界」
「ありがとう」
亜衣はにこっと笑った。
「でも、お兄ちゃんはジムを止めちゃダメだよ」
「あっ…」
「あたしはわがままで止めたけど、あたしはボクサーだからいいの。お兄ちゃんはトレーナーでしょ」
「えっあぁ…」
「トレーナーがわがままで止めちゃ選手は誰もついてこなくなるでしょ。あたしだってそんなお兄ちゃんに教わりたくないもん」
タクロウが下を向いて髪の毛をまさぐった。首を左右に何度も振る。
「まさか、亜衣に諭されるとはな…」
「あたしはもう十分だから」
亜衣は一人でまた先に進み始めた。
「あっ…?何がだよ」
「そりゃいろいろとでしょ」
そう言って亜衣は笑みを浮かべた。
「ぜんぜん分かんねえよ」
タクロウも苦笑いを浮かべる。タクロウも亜衣の後を追って進んだ。
亜衣は空を見上げた。綺麗な青空に出ている太陽の光を受けて、亜衣は両手を腰の後ろでつないで背筋を伸ばした。もう一度心地よさそうに笑みを浮かべる。
あたしはもう十分。あたしにはお兄ちゃんから継いだ技があるから。そして、試合で送ってくれた声。兄はいつだってあたしを思ってくれている。
そう、それで十分なのだ。
おわり
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