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 ホームルームが終わって教室を出た。このまま直接ボクシングジムへと向かう。
 気持ちは自然とボクシングへといきたいところだけれど意識は別のところに向かう。
 未希は息をついた。時宗に告白されて以来、どうしてもそっちに気持ちがいってしまう。もう一週間も経っているっていうのに。告白を断ったことを後悔しているからなんだろうか。それとも申し訳ない気持ちに苛まされてる?
 未希は額に手を当てた。どちらにしても断るしかなかったんだ。間違っているとは思えない。
「未希」
 声をかけられて後ろを振り向いた。貴子が駆けてきていた。
「ジムに行くんでしょ。わたしも一緒に行くよ」
「うん」
 貴子と並んで廊下を歩く。
「そういえば未希、面接はどうだったの?」
「受かったよ」
「良かったじゃない」
「別に落とすための面接って感じでもなかったし」
「それでも良かったじゃない」
 貴子の言葉に未希は反応を示さなかったけれど、気持ちが柔らぐのを感じていた。たいしたことじゃないけど、祝福してくれるのは嬉しいといえば嬉しい。
「それにしても思いきった選択したよね。大学行かないなんて。未希の学力なら行けるのに」
「プロボクサーになってボクシングのチャンピオンを目指してるのに、大学生活っていうのもぴんとこなくて」
「相変わらずストイック一徹だね」
「器用な真似が出来ないだけだよ」
 時が経つのは早いもので後二ヶ月したら学校を卒業する。四月になったら社会人だ。仕事は本屋の仕事で大手の純風堂書店。本を読むのが好きでこの仕事を選んだ。もっともボクシングに支障が出ないよう時間に融通が利くのが前提条件だったけど。大学に行くつもりだったのに止めちゃって不安がないわけじゃない。でも、ボクシングにだけは中途半端に向き合いたくなかったから。
「なんだかここのところ元気がないね」
「そう見える?」
「いつもはもっとよく喋るじゃない。覇気もない感じだし」
 未希は頭を掻いた。いつも通り振る舞っているつもりでも分かっちゃうもんなんだな。
「分かった・・・小泉と試合するからでしょ」
「そうじゃないよ」
「そうなの」
 貴子は意外な顔をする。未希は時宗が原因だからと心の中で呟いた。
 でも、と未希は思った。時宗だけが原因なのかな。貴子の言うとおり、小泉と試合をするからかもしれないし、社会人の道を選択した不安もある。三つの出来事が絡まってあたしの心を曇らせている。本当はどれが一番の原因なんだろう。
 未希は首を傾げる。
 さしあたっての悩みを口に出したら見えてくるのかもしれない。
「誰にも言わないでよ」
「何よ畏まっちゃって」
「実はさ・・・時宗から告白されちゃって」
 貴子が目を丸くした。
「それでOKしたの?」
「断ったよ。恋愛してる余裕なんてないからさ」
「もったいない。案外良い感じに見えるのに」
「今はいいんだ・・・」
「色ボケしているのはいいけど、敗けた時の言い訳にはしないでね」
 未希はびくっとして、声のした方を振り返った。
「小泉・・・」
 小泉が未希の横を通り過ぎ下駄箱まで行く。
「盗み聞きしといて偉そうなこと言わないでよ」
 小泉はこちらを見ずに下駄箱から靴を出す。
「あたしは一度勝ってるんだ。あんたにそんなこと言われる筋合いはないね」
 靴を履き替えていた小泉がこちらを見上げる。
「一勝一敗の五分でしょ」
「まぁそうだけどさ。どちらにしろ次で完全決着だ」
「どうでもいい。わたしはチャンピオンになりたくてボクシングしてるだけだから」
 そう言って、小泉は校舎を出て行った。
 未希と貴子はお互いに顔を見合せる。
「なんだか拍子抜け。もっと言ってくるかと思ったのに」
「わたしも・・・。前はあんなに攻撃的だったのに素っ気ないね」
「嫌なことは言われたくはないけど・・・」
 未希は両腕を組み首を左右に動かして、
「それはそれで調子狂う」
 と言って改めて息をついた。

 シャドーボクシングで大粒の汗が流れ落ちていく。目の前に浮かんでいるのは小泉の姿。スピードがある左ジャブをかわしながら左のボディブローを打つ。でもイメージする小泉を捉えることは出来ない。ことごとくかわされる。
 イメージの小泉を捉えられないまま三分終了のゴングが鳴った。
 これで今日の練習メニューを全てこなした。冴えないまま終わっていいものか。未希は首を傾げた。今日は練習を続ける気になれないな・・・。練習を切り上げて部屋の隅にある長椅子に座った。
 タオルで汗を拭きながら下を向いた。
 ダメだ、小泉に勝てる気が全くしない。今日こそは何度となくビデオで観て目に焼き付けた小泉をシャドーで捉えられると思ったのに。
「まぁた浮かない顔して」
 見上げると貴子が立っていた。
「まだ時宗君のこと気になるの」
「ばっ聞こえたらどうするんだよ」
 慌てて時宗の方を見たけれど、窓に向かいながらシャドーボクシングをしていた。
 未希は改めて貴子の顔を見た。
「今は違う・・・小泉のこと考えてた」
 貴子の表情が真顔になる。
「あいつ人間的に成長してるんだなって」
「それは小泉だってボクシングしてるわけだし」
「小泉の戦績は三戦三勝三KO。あたしは三戦三勝一KO。前から分かってはいたけど、あいつはやっぱり才能があるんだよね。でも、心は未熟だから精神力で勝てる。無意識にそう思うようにしてた。けど、小泉の心も成長してるとこみると勝てるのか急に不安になっちゃって」
「未希らしくないよ。心が成長してたからって精神力は未希の方が全然上かもしれないじゃない。前は未希が勝ってるんだから」
「そうだけどさ・・・。あたし、大学行くの止めて退路断っちゃったじゃん。でも、やっぱり不安なんだ。ボクシングでやっていけるのか。新人王になれたら自信もてるかなって思ってたけど、小泉が同世代にいる。あたしはチャンピオンになれるのかなって」
「未希でも不安だったんだね」
「まぁね」
 と言って未希は立ち上がった。
「話して少しは楽になったよ」
「またいつでも話していいよ」
「うん、ありがとう」
「あれっ・・・未希・・・時宗君だけどさ・・・」
「時宗のことはいいよ」
 未希は目を瞑り手のひらを断るように振った。
「なんか変な動きしてる」
「変な動き?」
「ほらっ」
 貴子の目線の先を未希も見た。
 時宗はシャドーボクシングを今もしている。でも、貴子の言う通りおかしな動きだ。パンチをゆっくりと出して引く時だけは早くしている。
「あんな打ち方教わってないよ」
「時宗君、結構独特の練習してるよ。シャドーだけじゃなくて」
「ふーん。基本無視してなきゃいいけど」
「未希も試しにやってみたら」
「あたしはいいよ。会長の教えで十分」
 そう言って未希は「じゃあね」と片手を上げて、シャワー室に向かった。部屋を出る時、気になってまた時宗を見た。今もおかしなシャドーボクシングを続けている。
 何の意味があるんだろう。考えてみたけど、検討もつかなかった。
 変なやつ・・・。
小説・希望はリングにある | コメント(0)
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