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「がはぁっ!!」
  未希が血へどを吐いて前に崩れ落ちていく。
「ダウン!」
 レフェリーの依子がダウンを宣告し、周りの陸上部員たちが歓喜する。一方で女子ボクシング部員たちは悲壮な声で未希の名前を呼んでいた。自分を鼓舞する声が耳に届いていながらも、未希は体を動かせずパンチのダメージに苦しみ悶えている。試合は第3ラウンド。まだ五分ちょっとしか闘っていないというのに未希の身体はボロボロに変わり果てていた。口の端からは血が垂れ落ち、瞼も頬も赤紫色に変色し痛々しく腫れ上がっている。
 それでもカウント5を過ぎて未希は上半身を起こしキャンバスに片膝をついた。
「これで三度目のダウンよ。もういい加減にあきらめたら」
 ニュートラルコーナーに両肘を乗せる小泉が悠然と見下ろしながら言った。
「このまま負けられるか」
 未希はそう言い返すと、片目を瞑りながら立ち上がった。ファイティングポーズを取り依子にまだやれるところをみせる。
「仕方ないわね。またサンドバッグにしてあげるわ」
 試合が再開されると小泉は胸元で左右の拳を打ち合わせてコーナーを出た。左ストレートで未希の顔面を打ち抜き身体ごと吹き飛ばす。ロープを背にした未希の身体にパンチの雨を浴びせる。未希はパンチを返すことすら出来ない。未希が小泉の予告通りサンドバッグにされていく。
 1ラウンドから続く一方的な展開。一発すら当たらない未希のパンチ。もう倒れてしまいたい。そんな誘惑に何度も負けそうになった。でも、女子ボクシング部を潰したくない思い、そして小泉にだけは負けたくない思いで未希は諦めずに闘い続けていた。
 第3ラウンド終了のゴングが鳴り、小泉のパンチの連打から開放された。小泉が大きく息をしながら、
「これでもまだ続けるつもり?」
 と挑発するが、未希はロープにもたれたまま力なく頭を下げていた。ファイティングポーズを取り続けたまま、下を向いた顔から鼻血がポタポタと垂れ流れている。
「もう聞こえてすらいないみたいね」
 そう言い残して、小泉は青コーナーへ戻っていった。小泉がコーナーに着いた頃に未希もようやく赤コーナーへと戻っていく。
「裕子~!!」
 ボクシング部の練習室の入口から女性の声がした。振り返ると、茶髪でロングヘアーの若い女性とその隣に時宗が立っていた。
「あんたはリングに立つ資格なんてない人間なんだ。早くリングから下りろ」
 茶髪の女性が腕を組んだまま威勢良く言った。
 あの人は誰・・・?何で時宗がいるの?
 未希が状況を飲み込めずにいると、
「秋子さん・・・」
 小泉がぽつりと言って動揺した表情をみせた。そのまま下を向いていたが、すぐに秋子という女性を見て、
「いい加減、保護者面するのは止めてもらえますか。わたしはもうあなたとは何の関係もない」
 と言い放った。
「言うようになったじゃないか」
 秋子はそう言って、依子の方を見た。
「教師はあんただな」
「そうだけどあなたは?」
「わたしは裕子の父親のボクシングジムでトレーナーをやっているもんだ」
 秋子はそう言うと、小泉を人指し指で差した。
「裕子は二年前までうちのジムでボクシングをしていたけれど練習が嫌になって辞めた人間だ。ボクシングを捨てた人間にリングに上がらせるわけにはいかない。早く試合を中止にして欲しい」
 いろんな情報が出てきた中で確かになった一つの事実が未希の心を覆う。
 時宗が言った通り、小泉はボクシングをしていた。だからあいつはあんなに強くて、負けてても仕方ない。でもあたしは・・・
「待って!」
 自分でも気付かないうちに大声で言っていた。みんなの視線が集まってくる。
「あたしはまだやれる。勝手に試合を止めないで」
 未希の訴えに秋子は強い眼差しを向けてきた。
「裕子は並の強さじゃない。これ以上続けたって勝てやしない」
「ボクシングを捨てた人間には負けない。あたしはボクサーだから」
 未希は胸に右手を当てて言った。
「ボクサーだからか・・・。悪かった、あんたをボクサーとして見てなかった。でも、あんたはれっきとしたボクサーだ。好きにしなよ。わたしが責任を持って試合を見届けてやる」
 秋子は攻撃的な表情を解いて、改めて未希の顔を見る。それから依子の方に顔を向けた。
「なあいいだろ先生」
 秋子の言葉に依子も同意し、試合続行が決まった。
 未希がコーナーに戻ると、
「未希ちゃん」
 時宗が下から話しかけてきた。
「プロはセコンドにつかなかったんじゃなかったの」
 未希は嬉しそうに表情を緩ませながらも軽口を叩いた。
「勝ちたいんでしょ」
  時宗のいつになく真剣な表情に、
「うん」
 と未希は素直に頷いた。
「だったら左のボディブローで攻めたらいい」
「ボディじゃ倒すのに時間がかかるよ。今からじゃもう遅いよ」
「いや、彼女は相当体力が切れてる。ボクシングのスタミナはボクシングの練習じゃないとつかないからね。今ならボディが一番嫌がるパンチだよ」
「そっか・・・分かった、そうする」
「それに未希ちゃんは左ボディが一番良い線いってる。自信持っていいよ」
「ありがとっ、まだまだやれる気がしてきた」
 未希は小さく笑顔を見せてスツールから立ち上がった。
小説・ライバルは同級生 | コメント(0)
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