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 誰もいなくなった練習場で未希はサンドバッグを叩く。そこは貴子の父が運営しているボクシングジム。小泉との試合まで遅くまで使える練習の場所を貸してもらえることが出来た。部活を終えてからここに来てさらに練習をする毎日を続けている。
 パンチを打つときに左のガードが下がる癖を意識しながら打ち込んでいく。
 未希は名前を呼ばれて振り向いた。声をかけてきたのは時宗というジム所属のボクサーだった。プロでもまだ17歳で未希と同学年の高校生だ。この一週間、彼に練習を見てもらっていた。
「だいぶ良くなってきているんじゃない」
  時宗は目を細めて温和そうな表情で言った。
「そうかな」
 未希は後頭部に手を当てて照れ臭く笑って言った。
「うん、一週間前とだいぶ違う」
 未希は改めて口元を緩ませる。
「パンチを打つときの癖がだいぶ抜けてきてるよ」
 未希は握りしめた両拳を胸の前まで上げて見つめる。
「明日の試合勝てる気がしてきたよ」
 時宗の方にまた目を向けると、彼は変わらず温和な表情を浮かべている。ボクシングジムに似つかわしくない、それでいて的確な指導が出来る不思議な雰囲気を彼からは感じる。
 サンドバッグの方にまた身体を戻すと、時宗が「ねぇ」と話かけてきた。未希はサンドバッグに手を当てたまま、顔だけを彼の方に向ける。
「未希ちゃんの言う小泉って下の名前、裕子って言うんじゃない」
「そうだけど、何で分かるの?」
「やっぱり」
 と時宗は一人で頷いた。
「ボクシングで小泉裕子って言ったらうちらの世代じゃ有名人だからね」
 未希の表情が真顔になる。
「アマチュアボクシング大会の女子の中学生部門で二年連続優勝。しかも世界チャンピオンの娘だからね」
「あの小泉が・・・」
 と未希は呟いた。
「あのかは分からないけどその小泉裕子ちゃんはね」
  時宗の淡々とした揚げ足取りに未希は反応せず両腕を組み下を向いた。
「明日の試合勝てる気がしなくなってきた」
「もし同じ人だったとしても高校生の大会で彼女が試合に出たっていう話は聞いたことないし、今はもうボクシングやってないんじゃない。だってその娘、陸上部なんでしょ」
「そうかもしれないけど、そんな立派な肩書き聞いちゃうとね」
 未希は息をついた。
「明日の試合って部外者も来ていいの?」
「もしかして、セコンドについてくれるの?」
「僕はプロだしセコンドについちゃまずいでしょ」
「そりゃそうだ。どちらにしろ女子校だから時宗君は学校に入るの無理だけどね。観に来たかったの?」
「ううん。血を見るのは好きじゃないからね」
「それでよくボクサーやってるね」
「自分が試合をするのはまた別だからね」
 未希はその考えを理解出来ずに両方の手のひらを上に向けた。
「結果はどうあれ無事に帰ってきてよ」
 時宗はそう言い残して練習場から出ていった。
 勝ってこいとは言わないんだな・・・。
 未希はまたサンドバッグに向き合う。ファイティングポーズを取ったものの、急に虚しさに襲われてまた両腕を下げた。
「小泉がボクシング大会優勝ね・・・」
  一人きりになったジムの中で未希はぽつりと漏らした。
 足跡がしてそちらを振り向くと、貴子が練習場に現れた。
「今、時宗君来てたでしょ。何か教えてもらえた?」
「うん、いろいろとね・・・」
「そう・・・なんか元気なくない?」
「いやさっ、時宗君が小泉はボクシングの中学生アマチュアチャンピオンかもしれないって言うもんだから」
「えっそうなのっ」
 貴子が大きく口を開けた。
「しかも世界チャンピオンの娘ときたもんだ」
 未希はやってらんないといった風に斜め上に視線を移す。
「まあ、確定ではないけどね」
「だから、あんなに自信があったんだ・・」
 貴子がそう言うと二人は黙りっきり、しんみりとした空気になった。未希はボクシンググローブを外して、部屋の隅にある長椅子に腰を下ろした。
「あたし母子家庭だったから周りからとやかく言われないよう強くなりたいと思ってボクシングを始めたんだよね。それまでは理論武装ばかり固めて口だけ達者だっただけだったから」
未希は一拍置くと貴子の反応を確かめないまま続けた。
「ボクシングにはまった今となっては母子家庭とかどうでもいいことだけどさ。あたしはボクシングが好きで誰よりも強くなりたいから続けてる。インターハイで優勝出来たらその思いは成就されると思ってたけど、小泉がとっくの昔に全国制覇を達成してたと聞いちゃうとね」
 未希は虚しさを誤魔化そうと空を見上げる。
「なんか不公平だなって。あたしはこんなにボクシングが好きなのに」
 貴子が未希の隣に座る。 未希の左拳を両手で握って持ち上げた。未希は貴子の顔を見る。
「この一年半、未希はボクシングと真摯に向き合って汗を流してきた。自信持っていいんだよ」
「ありがとう貴子」
 未希は目を瞑った。彼女の言葉を胸の中で大切に感じ続ける。それから、また貴子の顔を見て誓った。
「明日は絶対に勝つから」
小説・ライバルは同級生 | コメント(0)
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