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ライバルは同級生

2016/07/21 Thu 17:29

「部活を辞めたいんですけど・・・」
 ホームルームが終わり人の出入りが慌ただしい放課後。教室に入ってきて申し訳なさそうに退部の意思を伝えにきた後輩の香住に対して、未希は思いつくかぎりの言葉をすべて声に出して説得を試みた。しかし、必死の頑張りも虚しく、彼女の意思を変えることは出来なかった。
 香住が教室から出ていくと、未希は椅子に座ったまま片目を瞑り右手で頬杖をついた。考えることをやめ、しばらくそうしていた。頭の中では、辞めちゃったという事実の認識が何度も繰り返される。
 感傷の思いが落ち着き始めると、後頭部に両手を当てて、天井を見る。
「まいったな・・・」
 思わず言葉に出ていた。香住が辞めたから部員の人数が四人になってしまった。五人と四人。その違いはとても大きい。部活動は五人以上集まらないと学校側から認められないのだ。下手したらこのままだと廃部に追いやられちゃうかもしれない。
 でも来年の春になれば新入部員が入ってくる。それまでは学校側も人数は気にせずにいてくれないかな。
 未希は両腕を組み両目を瞑る。
 考えを整理したら、この線で説得するのが一番な気がしてきた。
 未希は机にかけていたバッグを手にして立ち上がる。
 もう部活が始まる時間だ。あとは部室に向かいながら考えよう。先生に伝えるのは、部員のみんなにも教えて説得の仕方をきちんと考えてからだ。潰すわけにはいかない。ボクシング部はあたしが創ったんだから。

「ふざけないで!!」
 部室の外から怒鳴り声が聞こえてきた。恐らく貴子の声だ。嫌な予感がして、未希は走って扉を開けた。
 中には十人以上の生徒がいた。彼女たちの視線がいっせいに未希に集まる。
 ボクシング部員の貴子と美奈と加代がここにいるのは分かる。問題なのはボクシング部員以外の娘たちがいること。彼女たちは、揃って同じ格好をしていて、青いジャージに黒いスパッツを履いている。部室の右側に寄って出来た彼女たちの輪の中心には、同じクラスの小泉裕子がいた。小泉の姿を確認したことで、陸上部の面々であると察しがついた。
「小泉、何の用?」
 未希は彼女の顔を睨みつけながら言った。
 小泉は両肘に手を当てたまま笑みを浮かべた。
「あなたが来るのを待ってたのよ。廃部はもう決まったかしら?」
 未希の表情が固まる。廃部って何でこいつが・・・。
「何言ってんだよ、いきなり」
 未希は動揺を悟られないよう、低い声を出した。
「先生に伝えに言ってたんでしょ、四人になりましたって」
 楽しげに話す小泉の言葉に未希の心臓が大きく動いた。
「何であんたが知ってるんだよ」
「さぁどうしてかしら」
 そう言って小泉が小馬鹿にしたように笑った。未希の中で苛々が募る。
「未希、香住が辞めたのホントだったんだ・・・」
 と貴子が言った。落胆しているのが声から伝わってくる。
「あっ、うん・・・さっき香住から言ってきた」
 そう言うと、加代と美奈も気落ちしたように弱々しい表情になった。彼女たちの姿を見て、未希はフォローしないではいられなかった。
「でも、まだ廃部になったわけじゃないから」
「どうせまだ先生に伝えてないんでしょ」
 余計な口出しをする小泉に未希はさらに苛立ちを募らせる。
「だったら何なんだよ。大事なことなんだ。だいたい小泉には関係ない話だろ」
 未希の声が大きくなる。
「早く先生に言ってもらわないと迷惑なのよ。この部室が空いたら陸上部の筋トレ室にする予定なんだから」
「予定ってあんたが決める話じゃないだろ」
「何も知らないのね。部室の空きスペースが出来たら優先権は陸上部にあるのよ」
 小泉が口元の右端を吊り上げて優越感に浸った表情を見せた。
「うちの部はどこかの部と違って優秀だから」
 不快な話が止まらない小泉に未希はもう我慢が出来なかった。
「いい加減にしてよね。殴られたくないなら今すぐここから出てけ!」
 未希は怒鳴って入口の扉を指した。
「脅してもムダよ。はっきり言ってボクシングで勝負したってあなたに負ける気はしないわ」
 小泉は両肘に手を当てる姿勢を崩さず自信たっぷりに言った。
「なっ・・・!」
 未希が両拳をぐっと握りしめた。力の余り拳がぷるぷると震える。
 ボクシングで勝負なんてどこまで人を馬鹿にしてるんだ。
「じゃあ今すぐリングに上がれ」
「望むところよ」
 そう言って、小泉はロープをくぐり、リングの中に入った。一方の未希はその場に立ったままでいる。小泉にずっと目を向け続け、本心を探っていた。小泉がどこかで引き下がるという思いがあった。でも、小泉は本当にボクシングをする気みたいだ。あたしと試合して勝てるとでも思ってるのか?
「さあどうしたの、やるんじゃなかったの」
 小泉がロープに両肘をかけて言う。
 陸上部の娘たちもやりなさいよと挑発の言葉を次々とぶつけてくる。
 未希がリングに向かおうとすると、貴子が横から入ってきて前に立った。
「未希、辞めた方がいいよ。小泉と試合したら問題になるかもしれないよ」
 未希は貴子の顔をじっと見る。不安に耐えて訴えかけてくる彼女の健気な表情に心から心配しているのだと分かる。未希は加代に顔を向ける。
「加代、悪いけどボクシンググローブを二つとって」
 加代が道具置き場に向かったのを未希は確認してから、また貴子に目を向けた。左手を貴子の肩に置き、
「大丈夫、あたしたちは悪いことをしてるわけじゃないんだ」
 と言った。
「でも・・・」
 加代からボクシンググローブを渡された未希はまだ何か言いたげな貴子の横を通り過ぎリングに向かう。
 未希は心の中で貴子に感謝した。貴子のおかげで少し冷静さを取り戻せた気がする。
 貴子の言うとおりだ。
 何を言われようと無視するのが一番かもしれない。
 でも、あたしたちの活動を馬鹿にするのはどうしても許せないんだ。うちらは公式戦でまだ一勝も出来ていない。弱い部かもしれないけれど、練習は胸を張れるくらい真面目にやってるんだ。
 リングに上がり、無言で小泉に青いボクシンググローブを渡した。
 未希は赤いボクシンググローブを拳にはめる。
 小泉に目を向けると彼女も拳にグローブをはめ終えていた。
 未希は美奈をレフェリーに使命した。
「レフェリーはうちの部員でかまわないだろ」
「かまわないわ」
 小泉はこちらを見ずに、グローブの位置を調整しながら言った。それから数秒して、ふいにこちらに目を向ける。
「ねぇ、一つ約束をしない?」
「約束?」
 未希が怪訝に聞き返した。
「わたしが勝ったら部室を譲ってくれる?あなたが勝ったら何でも言うことを聞くわ」
 未希が黙っていると、また小泉が馬鹿にしたように口元に笑みを浮かべた。
「自信がないの?」
「ふざけるな。じゃああたしが勝ったら部室の優先権を放棄しろ」
「かまわないわ」
 小泉は平然と言った。やり取りを終えてから、未希ははめられたかと思った。いや、と未希はすぐに否定する。ボクシングの試合であたしが小泉に敗けるはずがない。
 未希は両拳を胸の前で一度ばすっと合わせた。心の迷いを消さんとばかりに。
 レフェリーの美奈がリングに上がり、未希と小泉にマウピースを渡す。
 二人とも口にくわえ、試合の準備は整のった。
「加代、ゴング頼む」
 未希がリングの上から要請し、試合開始のゴングが鳴った。
 同時に未希がダッシュして向かっていく。早く試合を終わらせるつもりでいた。大切なものが汚されているこの時間が未希には耐えられなかった。
 距離を詰めた未希が右のフックを放つ。拳は何も捉えずに空を切る。その出来事の意味を未希は理解できないでいた。体勢を崩しながらも反射的に視界からいなくなった対戦相手の姿を目で追う。小泉は目の前にいた。消えてなんかいなかった。曲げていた膝を伸ばし、両拳で頭を守りながら身体を近づけてくる。パンチにも動じずにファイティングポーズを取った両腕の合間から冷たい目で見つめてくる小泉。未希の心から余裕は消えていた。心の中で沸き上がる対戦相手への恐れ。その感情を祓おうとするかのようにとっさに左のパンチが出た。未希の左のパンチに呼応するように小泉も左のパンチを放つ。

 闇雲に打ったパンチと狙い済ましたパンチ。その差が未希と小泉の明暗を大きく分けた。パンチを打ちながら上半身を屈めていく小泉。未希のパンチは空を切り、小泉の左フックが鮮やかに決まった。
 小泉が左フックを思いきり振り抜くと、その凄まじい衝撃に未希の顔面が悲鳴を上げた。右頬はひしゃげ、潰れた鼻からは血が吹き上がった。醜悪な顔面を晒す未希の瞳は何も捉えておらず、早くも意識が飛んでいるかのようだった。
 糸が切れた人形のように未希はぐにゃりと半円を描きながら後ろに崩れ落ちていく。ドタンと派手な音がすると、部室内が静まり反った。沈黙はすぐに悲鳴へと変わった。貴子と加代が未希の名前を大声で叫ぶ。
 仰向けの体勢になって、頬をキャンバスに埋める未希。歪んで開いている口からはマウピースがはみ出ており、唾液がだらりとだらしなく垂れ流れている。身体はぴくぴくと痙攣していて、動ける状態では到底なかった。
 あまりにも痛々しげな未希の姿に耐えられなくなった美奈が貴子を呼んだ。貴子が慌ててリングに入った。未希の身体を抱きかかえて、
「未希!」
 と大声で言った。未希が反応し、ゆっくりと貴子に顔を向ける。それから、
「だ・・・い・・・じょう・・・ぶ」
 と声を振り絞って言った。
「未希・・・無理しなくていいからね」
 貴子は張りつめた表情を少し崩して優しく言った。タオルを渡してもらい、未希が顔についた血を拭いていると、貴子の背後に人影が見えた。見上げると小泉だった。心配する素振りを見せるどころか冷淡な目をして見下ろしている。
「約束よ。部室から出てってくれる」
 小泉の慈悲のない振る舞いに貴子が睨み付けた。
「ちょっと!未希はまだダメージあるんだよ!」
 小泉が背を向けた。
「今すぐじゃなくてかまわないわ。明日またくるから。その時までに邪魔な物全部片付けといて」
 そう言い終えてから、歩き出しロープを掴み、リングを降りようとする。
「ちょっと待ってくれ・・・小泉」
 上半身だけ起こした未希が声を振り絞って言った。小泉が未希の方に顔を向ける。
「未希、無理しないで」
 心配な表情を見せる貴子を未希は左手で制した。
 「小泉・・・もう一度試合してくれないか・・・」
 片目を瞑り辛そうに話す未希に対して、小泉はむすっとした表情を見せる。
「ふざけないで。さっき約束したじゃない」
「こんな形で部活が終わるなんて納得できないんだ。ちゃんとした試合で白黒つくならまだ気持ち的にも・・」
「あなたの気持ちなんてしったことじゃないわ」
 小泉が冷たく言い放つと、運動部の女子たちもそうよと加勢した。美奈と加代が言い返すが、人数でも気持ちの面でも劣り、その声は埋もれていった。
 一瞬即発の空気が場に広がっていく。感情を剥き出しにした言い合いが続いていると、
「落ち着きなさいあなたたち!」
 聞き覚えのある女性の声が扉の方から聞こえてきた。顔を向けると、ボクシング部顧問の依子が立っていた。まだ三十代前半の国語の教師だ。依子がリングの前まで来た。未希に顔を向ける。
「未希、香住から話は聞いてるわ」
 そう言って依子はじっと未希の顔を見た。それからまた言った。
「ボクシング部は、春まで四人でもかまわないわ」
「先生・・・」
 未希は安堵して目を弛ませた。依子の言葉に救われた気持ちになれた。これでボクシング部を続けられる。何を考えているのか分からない面がこの先生にはあったから、慎重に相談しようと思っていたのだけれど、とても理解ある先生だったんだ。そう思った矢先に、
「でも、部活だから最低限の結果は必要ね」
 と突き放された。
 未希がちょっと待ってと言葉を挟もうとすると、依子が視線を生徒たち全体に移した。
「一週間後に未希と小泉さんでもう一度試合をしなさい。未希が敗けたらボクシング部は休部。部室は運動部が好きに使っていいわ」
 そう言うと、依子は小泉を見た。
「どう、小泉さん?」
「先生がそう言うんでしたらわたしはかまいません」
 小泉は表情を変えずに言った。依子が再び未希に視線を戻す。
「未希は?」
 未希ははぁっと息をついた。勝手に話を進められてしまった。でも、結果的に小泉ともう一度試合をしたいというあたしの願いはかなったことになるから、先生には感謝しないといけないのかな。
 未希は渋い表情を見せながらも、はいと頷いた。
 それから、ゆっくりと立ち上がった。貴子が「大丈夫なの」と心配そうに聞いてきたけれど、彼女の顔を見て、未希は大丈夫と返した。加代と美奈、そしてもう一度貴子の顔を見る。三人とも心配した表情を今も見せてくれる。未希は今度こそ勝たないとと心の中で誓い、右拳を強く握った。
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