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「あに―いもうと」第7話

2017/05/07 Sun 17:07

 レフェリーが試合再開を告げ、その直後に第3R終了のゴングの音が鳴り響いた。もう終わったと思われた試合は第4Rへと続いていく。混迷したリングを反映するようにインターバルに突入しても場内のどよめきはおさまらない。
「まだ続けさせるのかよ。もう終わりでいいじゃねぇか…」
 血の滴をキャンバスに落としながらよろよろと青コーナーに帰っていく亜衣の姿を見て、タクロウは顔を歪めながら言葉を漏らした。
「マウスピース、お願いしていいですか?」
 美羽の言葉でタクロウははっと我に返る。スツールに座っている美羽からマウスピースを目の前に出され、タクロウは、
「えっあぁ…わりぃ…」
 と動揺しながら言った。マウスピースを手にして水で洗う。それが終わると、瓶に入った水を美羽の口に含ませた。うがいをして口の中に含んだ水を容器に吐き終えた美羽はこちらを見て、
「亜衣さん、もう気付いているかもしれません。この闘い方の唯一の欠点に」
 と言った。
「希望がある。そういう眼をしていたから」
「そうか、コーナーに気付いたか…。長引かせると何があるか分からないな…」
「次のRで決めてみせます」
「そうか…無理はするなよ」
「ええ…無理はしません。タクロウさんがそう望むなら」
 美羽はそう言うと立ち上がり、右手でマウスピースを求めた。一瞬間が出来て渡されたマウスピースを口に入れ、両腕を下げながら第4R開始のゴングを待った。

 ふらついた足取りで青コーナーに戻り、倒れ落ちるようにスツールに座る亜衣。たったの1Rで原型を留めてないほどに醜悪に変形した亜衣の顔を見た河原は青ざめた表情をして、
「会長、これ以上は流石に…」
 と言って山川会長の顔を見た。
「まだ終わりはダメですよ」
 亜衣は頭を持ち上げ、表情が反映されなくなったゴツゴツした顔にかすかに分かる笑みを浮かべた。
「デンプシーロールが破られたわけじゃないんですから」
「分かった。ただし次危なくなったら止める。いいな」
 山川会長の言葉に亜衣は返事をせず、わずかばかり首を縦に振った。
 第4R開始のゴングが鳴った。
 亜衣は体を左右に振りながら前進を進める。前のラウンドでKOされる寸前に陥りながらもなおも自分のボクシングを愚直なまでに貫く。しかし、得意のウィービングはもはや見る影もないほどスピードが落ちていた。
 美羽のパンチの射程距離に踏み入った瞬間、亜衣の顔面が四方八方へと乱れ飛んでいった。美羽のホーミングする左ジャブの速射砲。
 そして、美羽の左ジャブがスクリューへと変わる。リングに響き渡る重たい打撃の音。
 血飛沫が舞い散った。ひしゃげた亜衣の顔面の鼻と口から血が噴き出ていく。さらにもう一発美羽のスクリュージャブが亜衣の顔面に打ち込まれた。
「ぶふぅっ!!」
 亜衣が血反吐を噴き上げて、身体がぷるぷると震え硬直する。その隙を逃さずに美羽のスクリュージャブが連続して放たれる。
 ズドォッ!!ズドォッ!!ズドォッ!!
 亜衣の顔面がパンチングボールのように弾き飛ばされていく。徐々に下がっていく亜衣の両腕、顔を差し出すように前のめりになっていく上半身。パンチを打ってくださいとばかりに無防備になっていく亜衣は、美羽にパンチを打たれるがままであった。
 一方的な時間が過ぎていく。ボクシングすら出来ずにパンチを浴び続ける亜衣。しかし、何発パンチを浴びようとも亜衣は倒れない。亜衣の瞳はまだ光を失っていなかった。
 ズドォォッ!!
 美羽に右ストレートを打ち抜かれ、亜衣の身体が後ろへ下がっていく。それでも、亜衣は数歩下がったところで踏ん張った。

 美羽に…美羽に負けるわけにはいかない…。お兄ちゃんの夢はあたしが受け継いだんだから…。


「ふ~ん、ここがいつもお兄ちゃんが練習してる場所なんだ」

「あぁっ…つか、マジお前もボクシングするのか?」

「ボクシングっていうかダイエット目的だけどね」

「何その顔。あたしがいたらイヤなの?」

「なんかはじぃからよ。妹がジムにいるってのも」

「自意識過剰だよ。そんなの誰も気にしないって」
 
 悪態ついてるけどお兄ちゃんはよくランチに誘ってくれる。家の近くにある喫茶店。一人でケーキ食べるのもはずいからよって言いながら。あたしはお兄ちゃんがいると安心する。守られてるみたいで。


 初めての練習はお兄ちゃんが見てくれた。お兄ちゃんの手本を真似て左ジャブを打つ。

「お兄ちゃんどう、こんな感じ?」

「良いパンチじゃん。センスあるかもしれねぇな俺に似て」

「何自分も褒めてんの」

「良いんだよ、俺は結果残してんだから」

「あたしもプロ目指しちゃおっかなぁ」

「やめとけ。痛え思いばっかししてファイトマネーは安い。割に合わねぇぞ」

「じゃあなんでお兄ちゃんはボクシング続けてるの?」

「んっ…まぁ、こんな俺を周りが褒めてくれるのはボクシングくらいだからな」

 亜衣は「そっか」と言ってにこっと笑った。
「あたしもお兄ちゃんに初めて褒められた。やっぱりプロ目指そうかなっ」

「じゃあもう褒めねえ」

「なにそれ、いじわる。まぁいいけどね。プロになるわけないし。痛いのイヤだから」

 本当はプロになりたい気持ちが心の中に半分くらいあった。お兄ちゃんの闘ってる姿に魅せられていたから。


 世界戦で負けて入院したお兄ちゃんが退院する日、あたしは病院まで出迎えに行った。

「せっかく観に来てくれたのにみっともねえ姿見せちまったな…」

「うぅん…そんなことない。ずっと近くで見てたから。お兄ちゃんが誰よりも練習してた姿」

「そうか…。そう言ってくれると少しは気持ちも楽になるわ。これで最後だからな」

「最後?」

「あぁ、顎やっちまってな。もうリングに上がるのは無理だって医者から言われた」

「そうなんだ…」

 今にも泣きそうな顔をして空を見上げるお兄ちゃん。あたしは黙ってお兄ちゃんの横顔を見つめていた。二人で無言のまま歩く中であたしは心の中で誓った。
 
 あたしはプロボクサーになる。そして、お兄ちゃんの夢をあたしが果たすから。

 立ち尽くす亜衣の顔面に美羽のスクリュージャブが一発、二発と当たった。亜衣は下がるどころかパンチを食らいながらも前に出ていく。美羽がこのラウンド初めて後ろへ下がった。美羽が何度スクリュージャブをヒットさせても亜衣は前進を止めない。
 コーナーポストが近づき美羽が右に逃げようとしたところを亜衣は左腕を伸ばして逃げ道を塞いだ。足が止まった美羽のお腹に亜衣はその左腕で攻撃する。美羽の身体が後ろへ吹き飛んだ。ガードの上からとはいえ威力は十分。美羽の身体がコーナーポストに当たった。
 ずっと欲していた状況―――。亜衣が上半身を横8の字に回転させる。デンプシーロールで美羽の元へ向かっていった。美羽からパンチは出ない。亜衣が左のフックをガードの上から当てた。激しい衝突に美羽の体が揺れ汗が飛び散った。亜衣がデンプシーロールの動きから連続してフックを放っていく。ガードでクリーンヒットを避けているもののコーナーポストに釘付けにされる美羽。亀のようにガードを固めながら必死に耐え凌ぐ。
「美羽!!逃げろ!!コーナーから早く出ろ!!」
 美羽の後ろからタクロウの声が聞えた。
 亜衣はかまわずにパンチを打ち続ける。段々と美羽のガードの隙間が大きくなっていく。
 あと少し、あと少し…。
 呼吸が激しく乱れながらも亜衣は止めずにパンチを打ち続けた。そして、右のフックでついに美羽のガードが上に弾き飛んだ。もう一発左のフックを放つ亜衣。しかし、美羽が抱きかかるように体を寄せ両腕を亜衣の背中に回した。両腕で掴まれた亜衣は必死になってクリンチをほどこうとした。
 もう少し…もう少しなんだから…。
 でも、亜衣の身体は口から息が苦しそうに漏れるばかりで両腕はもう思うように動かなかった。体力が底をつきぷるぷると震えるだけの亜衣の両腕に対して美羽の両腕のフックする力がさらに増す。美羽が力強く二人の身体を反転させ、コーナーポストを背にするのが亜衣へと変わった。
 美羽が亜衣の身体を滅多打ちする。
「ぶへぇっぶほぉっぶはぁっぶふぅっ」
 サンドバッグのように打たれ、亜衣は痛々しい声を漏らし続ける。
 美羽のパンチを浴びるたび、悔しい思いに駆られた。どうしても勝ちたい相手に一方的に殴られるもどかしい現実。もうどうにもならない失望感…。
 悔しさで胸の中も苦しみを覚えながら亜衣は美羽のパンチの連打で激しく顔面が吹き飛ばされ続けた。顔面はさらに醜く変形していき、血や汗が霧雨のように舞い散っていく。
「すごい!!志恩の物凄いラッシュ!!秋乃江、完全にサンドバッグ状態です!!」
リングの上は大歓声が地鳴りのように響き続けていた。
 この場が大きな熱に包まれる中で一人だけ自身の無力さを味わい続ける孤独。コーナーポストを背にして逃げ場を絶たれた状況で、寂しさと虚しさまでも亜衣の心の中で広がっていく。
「もういいだろ!!試合を止めろ!!」
 絶叫する声が後ろから聞こえた。それはずっと欲していた人の声。
 お兄ちゃん…あたしは…。
 苦痛に駆られながらまどろむ意識の中で亜衣はその声の心地よさに溺れていた。苦しみしかない中でその声の心地よさに救いを求めもう試合のことも考えられなくなっていた。
 試合は終わりを迎えようとしていた。ただただ自身に送られた声に気持ちを向ける亜衣と亜衣の変化を察知しとどめの一撃に移行する美羽。
 下から空を切り裂く音が起きた。次の瞬間、亜衣の顎に凄まじい衝撃が打ち込まれた。
 グワアシャッ!!
 天に向かって伸び上がる美羽の右アッパーカット。亜衣の両足が宙に浮き上がった。マウスピースが血飛沫と共に高々と舞い上がり、リングの外へと落ちた。亜衣が前に倒れ落ちていき美羽の胸元に顔を埋める。ずり落ちるように亜衣はキャンバスに沈み落ちた。顔面からキャンバスに倒れ、そして身体が反転して仰向けになった。
「ダウン!!」
 レフェリーがダウンを宣告し、美羽をニュートラルコーナーに戻した。カウントを合図に場内の熱狂は一段と高まっていく。
 タクロウが側にいる青コーナー付近で仰向けで倒れたまままったく動けずにいる亜衣。身体を照らす照明の光が飛びかけている意識をさらに弱らせる。
 お兄ちゃん…。お兄ちゃんがあたしに…。あたしは…あたしはまだ…闘える…。
 亜衣が恍惚とした表情を浮かべた。しかし、握られていた両拳は力無く開かれていく。亜衣の上半身がぷるぷると痙攣を始めた。
「ナインッテン!!」
 レフェリーがテンカウントを数え上げ、試合終了のゴングが鳴り響いた。
「試合終了です!!勢いのある挑戦者でもチャンピオン志恩には全く歯が立ちませんでした!!志恩、圧倒的な強さで秋乃江にKO勝利です!!」
 アナウンサーが大声で実況を続け、観客からは大きな声援と拍手が飛び交う。
 場内の熱狂が最高潮に達する中、レフェリーが勝者の名前を告げて美羽の右腕を高々と上げた。試合の勝ち名乗りを受けても観客から祝福の声援を受けても、美羽は表情をまったく変えずにいる。一方の亜衣は目と口元が緩まっただらしのない表情をしている。それはパンチのダメージに悶えながらもどこか充たされているようでもあった。
小説・あに―いもうと | コメント(0)

今回の更新

2017/05/06 Sat 10:07

こんにちは~、へいぞです。

今回の更新は小説「崖っぷちアイドル」第1話の更新です。
この話は以前にプリン体さんが描いたボクシングに挑戦するアイドルの娘がとても可愛らしかったので、ストーリーを膨らませて小説にしてみました。第1話となってますけど、いちおう今回でひとまずおしまいです。続いていくひきにしてますけど、わくわくするラストも良いかなと思ってこういう形にしてみました。プリン体さんの素敵なイラストをもっと楽しめるものとなっていれば良いなと思います(^^)
「あに―いもうと」の方の更新が少し止まってますけど、続きの文章表現を練っている最中でもうしばらく待ってもらえたらと思います。
未分類 | コメント(0)
この小説は、プリン体さんが描いたアイドルがボクシングに挑戦する絵を元にストーリーを考えた作品です。
小説に掲載されているイラストは、プリン体さんが描いたもので作者の了解を得て掲載させていただいています。
小説の執筆、イラストの使用を承諾していただきプリン体さんに感謝します(^^)


第1話 土岐乃カナ、ボクサー始めます

 テレビに映る自分自身のライブ映像を見て、カナは振り付けをしながら歌っていた。自分の部屋だというのに、フリルがついていてスカートの丈が短くてぶわっとボリュームのある水色と白模様のドレス。普段、ステージで着る衣装だ。
 家で練習するときもカナは極力ステージ用の衣装を着ていた。それは本番を意識してというのはもちろんだけれども、そもそもカナ自身がアイドルのコスチュームが大好きだからというのが大きかった。アイドルのコスチュームだったらなんだっていいってわけじゃない。最近の主流になっている制服ベースの衣装をカナは嫌っていた。アイドルといえば、可愛いドレス型のコスチューム。それは、80年代のアイドルの映像を見て彼女たちに憧れて目指すようになったカナとしては当然の思いだった。もちろん、ステージの衣装はすべてドレス。制服だけは嫌だと突っぱねた。そこだけは絶対に譲れないのだった。ドレスコスチュームの復権。それがカナにとってアイドル活動をする上で一番のテーマなのだから。
 でも、制服コスチュームの壁はあまりに大きかった。ドレスコスチュームを着ても今のアイドルファンはなかなか振り向いてくれない。制服コスチュームを突っぱねたのが仇になって仕事はいつまで経っても増えることはなかった。それどころか今年に入ってただでさえ少ない仕事がさらに減ってきている。崖っぷち。崖っぷちアイドルなのである。
 部屋のチャイムが鳴って、カナは玄関の扉を開けた。
 目の前にいるのは、もさもさした髪型のおじさん。事務所の社長である。社長はあんぐりと口を開けていた。
「お前、家でもステージ衣装着てんのか…」
「あっはい、本番を意識した練習をしたくて」
 社長に指摘されて、カナは自分がステージ衣装を着ていることに気付き、顔を赤く染めた。
「そりゃ、ご苦労なこった」
「社長、どうしたんですか、突然」
「話があってな、いいか」
社長はそう言って部屋の奥に目線を向けた。
「あっはい、どうぞ」
 カナは体を半身にして左手を部屋の方へ伸ばして、手招いた。
 社長が「悪いな」と言って部屋へと上がる。居間に入り、社長はソファーに腰かけた。カナが社長用にコーヒーを用意して自分もソファーに腰かけた。
「社長、この前はごめんなさい。何度も音程外しちゃって」
「いいよ、別に」
「でも、あれから歌の練習たくさん積んできたんで次は大丈夫です」
「いいんだよ歌は」
「でもっ」
「もうねえんだよ歌の仕事は」
「えっ…」
「お前、今まで何度も音程外してきたろ。ピンのアイドルなんだから今のご時世、音程くらい合わしてくんねぇと営業の声もかからなくなるんだよ」
 カナはシュンとした表情をして下を向いた。
「安心しろ、テレビの仕事を取ってきた」
「えっテレビっ。久しぶり。バラエティですか?」
 カナは表情を明るくして顔を上げた。
「バラエティじゃねぇ。お前、バラエティでも気の利いたこと何も言えねぇだろ。お前はアイドルとしては顔が中の下なんだから、喋りも出来ねぇとな。中の下らしくいじられるように話を振るとかな」
 うう…中の下って二度も言わなくても…。
「じゃあ…歌番組でもなくてバラエティでもなくて、ほかにありましたっけ?アイドルが出られるような番組って?」
「お前、『ガチでいきます』って番組知ってるか?」
「あ~それ知ってます。深夜のやつですよね。芸能人が無茶な挑戦をするっていう」
 カナは自分で言ったことで、嫌な予感を抱いた。
「無茶な…」
「あぁ…売れてないアイドルがボクシングでチャンピオンを目指して人生を変えるっていう企画が出てる。お前、これに出ろ」
「ボクシング…」
 言葉にして、カナは頭の中で自分がリングに上がる姿を想像した。殴られる姿。腫れる顔面。
いやいやいやっ!そんなの可愛くない。
「あたし…体力ぜんぜんないんで…」
「じゃあ今日から走れ」
「あたし、一日の終わりにはあんず酒を飲まないとダメなんで…」
「じゃあ、今日から野菜ジュースにしとけ」
「あたし…」
「カナっ」
 社長に強く名前を呼ばれ、カナは身体を硬直させて「はいっ」と返事した。
「いいか。俺はアイドルを続けるか、芸能界を辞めるか、どっちにするかって聞いてるんだ」
 社長に真剣な目で迫られて、カナは泣く泣く頷いた。
「じゃあ…やります…」
「おしっ、その返事を聞きたかった」
「でもっ…」
「あっ…?」
「試合に勝ったらリングの上で一曲歌っていいですか?」
 えへへって笑いながらカナは聞いた。
 社長は髪の毛をまさぐり、首をぐりぐりと動かす。そして、カナに目を向けた。
「チャンピオンになったらにしとけ」
「はい…」
 カナはまたもシュンとして頷いた。

 チャンピオンになれたら歌える。チャンピオンになれたら歌える。
 カナは心の中で何度もその言葉を唱えながらサンドバッグを叩く。そんなカナのボクシングジムでの練習風景を社長と番組プロデューサーが遠くから見つめていた。
「けっこう、サマになってるでしょ」
 プロデューサーが社長に振る。
「始めて二か月って感じにはみえないですね。どんなマジックかけたんですか?」
 社長が関心しながら言う。
「元世界チャンピオンの中山さんをマンツーマンでトレーナーにつけてますから」
「あぁ…なるほど」
 社長が頷く。
「思ってたよりも運動神経あるから助かってるってのもありますけどね」
「あいつ、結構器用に出来るんですよ。歌もダンスも平均よりは上で」
「へぇっ」
「練習にかぎってですけどね。本番はからっきしで」
 社長が首をひねりながら言う。
「極度の上がり症なんですよ、あいつ」
「それでよくアイドルやってますね」
「まぁ、アイドルへの憧れってやつはものすごくある奴なんで」
「なるほどっ、それであんなにボクシングの練習も一生懸命やってくれてるってわけですか」
「そんなところですね。ところで、試合に勝てますかね、さっきも言ったとおり、本番にからっきしな奴ですから」
「勝たないと絵にならないですから弱い相手選びましたけどね。二戦二敗の」
「そうですか。あとはあいつ次第ってところですかね」
「ええ。お膳立ては十分にしたんで勝ってもらわないと困りますよ」
 プロデューサーはそう言って眼鏡を人差し指で上げた。

「青コーナー、土岐乃(ときの)カナ入場です。おおっこれは可愛らしい服装です。フリルのたくさんついた水色のアイドル衣装を上に着ての入場だ~。早くもファンからは黄色い歓声が飛んでいる~!!」

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 カーンカーンカーン。
 鳴り響くテンカウントのゴング。観客席から飛び交うあまりにお粗末な試合内容への怒号の声。
「土岐乃カナ、惨敗です!!注目を集めたのは煌びやかなアイドル衣装を着ていた入場まででした。試合が開始されてからは何も出来ず!!一分ももたずKO負けに終わりました~!!」

 リングの上で大の字になって倒れたまま痙攣を繰り返すカナ。顔が別人のように醜く腫れ上がった顔は、試合前まではアイドルとしての可愛さを振りまいていただけに虚しさすら漂う。対戦相手は二戦二敗の咬ませ犬。そんな相手にもまともにパンチすら打てず醜態を晒してリングに沈んだカナの姿に失望の眼差しが向けられる。アイドルであるカナが好きで応援に来たファン、事務所の社長、番組関係者。そんな中、一人ほくそ笑む美少女がいた。
「な~んだぜんぜん弱いじゃん。お前もボクシングやってみないかって社長から言われたけど、これなら愛梨の方がぜんぜん強いよ」
 彼女の名前は深川愛梨。人気アイドルグループ、キャンディクッキー++(プラスプラス)のメンバーの一人。そして、50人以上いるメンバーの中で下位の序列に位置する彼女もまた崖っぷちアイドルの一人だった。

To be continued...?


gakeppuchi1sss
小説・崖っぷちアイドル | コメント(0)
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